【1】ミステリーの始め方 ~ミステリーの歩き方 前日譚~
【1】
「それじゃ、あなた。私の出す問題が解けるかしら?」
南条有栖(なんじょうありす)は鋭い視線のまま、僕にそう言った。
肩にかかった黒髪を後ろへと払い、僕の返答を待っている。
ミステリーサラブレッド――陰ながら彼女はそう呼ばれている。
本人が気に入っているかどうかは僕の知るところではないが、警察官僚を家族にもち、学生探偵として名を馳せた彼女を表現する言葉としては、見事に的を射ている。
冷静に考えて、彼女の苛立ちは理解できる。
心理学にも、犯罪学にも、ましてやミステリー小説にも興味のないこの僕が、犯罪心理学の権威である皆戸(みなと)准教授の主催する『ミステリー研究会』に所属していることが、この黒髪の少女には許せないのだ。
彼女はその視線を僕から逸らさない。
あくまで僕が答えるまで待つという意思を強烈に突き付けている。
「……解けなかったら?」
ようやく僕の口から出た言葉は、そんな質問返しだった。
だがこれは悪手に終わる。
曖昧な僕の態度とは対称的に、彼女の主張は明確だった。
「解けなかったら、このミステリー研究会を辞めてもらうわ」
彼女の唇が、少し笑みを携えた気がした。
「いいわね――赤沢独歩(あかざわどっぽ)くん?」
※ ※ ※ ※ ※
……いや、違うな。
この先の長い物語を語り始めるには、圧倒的に順番が間違っている。
「よお?」
……そうだ、ここだ。
帝都大学の入学式から、話を始めよう。
あの日のあのひと言が、僕の人生を変えたのだから。
※ ※ ※ ※ ※
帝都大学の入学式は武道館で行われたのだが、友人もいない僕は迷うことなくさぼることに決め、この1年S組のクラスに普段着のままやって来た。
少し緊張気味に教室の席を埋めていくスーツ姿の学生たち。
その数が増えるたびに、私服姿の僕の存在が目立って行く。
「よお?」
突然、背中越しに声をかけられた。
まだ空席だと思われた後ろの席に、いつの間にか男が座っていたのだ。
続
話を続ける前に、ひとつ、注意事項。
僕のあの能力のことは、誰にも言わないこととする。