【6】ミステリーの始め方 ~ミステリーの歩き方 前日譚~
【6】
「ボクは陽炎。
東野陽炎(とうのかげろう)。
このミステリー研究会のリーダーだ。
……お見知りおきを」
かげろう?
「なんか、すっげーキザな奴が現れたな」
幸太郎のその言葉に、男はネクタイを直す手を止めた。
「……それは、誉め言葉か?」
「知ってるか?キザって、漢字で『気に障る』って書くんだぜ?」
幸太郎の言葉は、棘だらけではあったが決して喧嘩を売っているという口調ではなく、まるで大学のカフェテリアで友人に語り掛けるような、なんともいえない穏やかな言い方だった。
その所為かは分からないが、陽炎と名乗った男は特段怒り出すこともなく、伏目がちに笑みを浮かべると、ゆっくりとこちらに歩を進めることにしたようだ。
「南条有栖。事の顛末を簡潔に説明してもらおうか。30文字以内でな」
「引っ込んでて」
「南条、それはダメだ。さすがのボクでも6文字でこの状況を推察することはほぼ不可能だ」
「もう……私はね、このミステリー研究会を、その辺に転がってるようなお気楽サークルみたいにはしたくないの」
すると陽炎は、やれやれといったように両腕を広げた。
「なるほど、状況は把握した」
そう言って、僕と幸太郎に向き直る。「悪いが、この南条という女はこのミステリー研究会にかける想いが強くてな。この先1年、ずっと同じ想いで共にやっていけるのかどうか、その真意を確かめたいのだ」
「確かめたい?」
幸太郎が言葉を返す。「ってことはさ、おまえも、もしかして――」
「ああ、その通りだ」
陽炎は長めの前髪を人差し指で分けながら言った。「昨日、このボクも、南条に迫られたのだ。私の出す問題に答えられるかしらと、とな」
「マジか!」
「そして見事に答えてみせた。つまり、合格というわけだな」
そう言って陽炎は、フンと鼻を鳴らした。
「陽炎くん、ちょっと待って」
南条有栖が怪訝そうな顔で陽炎を制止した。「あれはどうかしら。陽炎くん、考え出したと思ったら、トイレに行くと言って席を外したわよね」
「南条、その話は――」
「で、戻ってきたら急に、ひらめいた、なんて言って、正解したのよ」
「はっはー!それ、ズルじゃね?」
と幸太郎。「ぜってートイレでスマホいじって調べたよな?」
「ば、ばかを言うな!そうやって証拠もないのに人を陥れる行為こそ、この法治国家日本が警察権力を振りかざし、冤罪と言う名の不幸を累々と積み上げてきた負の歴史で――」
「やーい、ズル、ズル~」
「ズルではなーい!」
「それにおまえ、ミステリー研究会のリーダーだと言ったよな?なんでリーダーなのに、この南条有栖に入会テストなんてされてんだよ?」
「そ、それは――」
陽炎が言葉に詰まる。
幸太郎、思った以上に記憶力も頭の回転も速い。
「ああもう、うるさい……」
南条有栖が眉間にしわを寄せる。「とにかく、私の問題に答えるのが、このミス研に入会する条件よ」
そう言って僕たちに鋭い視線を向けた。「いいわね?」
「いいかどうかは分かんねーけど、こっちにも条件がある」
「条件?」
有栖が小さく首を傾げる。
「俺か独歩、どっちかが答えられたらOKってことにしてくれ」
そう言うと幸太郎は僕を見て不敵な笑みを浮かべた。「タッグチームだ。それでどうだ、独歩?」
どんな条件にしろ、僕たちが追い出されるかもしれない状況は変わらない。
僕は「分からない」といった表情で肩をすくめてみる。
有栖は少し考えていたが、やがて、
「そのくらいのハンデはあげてもいいわ」と言った。
陽炎が落ち着きを取り戻すかのように小さく咳ばらいをする。
「タッグチームか。いいだろう、ボクも同意する。だが南条、とびきり難しい問題を出してやれ。このミス研には品格というものが必要なのでな。容赦は不要だ」
「……幸太郎くん、独歩くん。準備はいいかしら?」
「スマホは使用禁止だからなッ!」
続