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翻訳者の本棚:「もうすぐ四半世紀」エピソード2

本棚は、個人情報の最たるものといわれる。ある人の部屋の本棚に並んでいる本を見れば、その人の思想や哲学が一目でわかるからだ。私の部屋の本棚には、自分が手がけた訳書と、辞書・語学書・参考書以外の本は一冊もない。ここから、どのようなことが読みとれるだろうか。

出版翻訳を中心に四半世紀近くのあいだ仕事をしてきたため、訳書はそれなりの数がある。だが、辞書・語学書・参考書の類は、必要最小限しかない。

この必要最小限のなかには、フランス語のほかに、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ラテン語のものがある。英語以外のヨーロッパ言語が専門の人の多くは、おそらくこれらの言語の基礎知識をもっていると思う。なにかにつけて必要だったり、知っているほうが便利だからだ。

ほかの翻訳者の本棚を実際に見たことは一度もないが、私の本棚の中身は、同業者のなかでも一二を争うくらい貧弱だろう。以前は、棚いっぱいにぎっしりと本がつまっていた。買っただけで読んでいないものも多く、すでにもっていることを忘れてもう一度購入してしまったものもあった。

あるとき、今後これらの本を読む機会はけっして訪れないだろうという強い予感がした。それで、辞書・語学書・参考書以外はすべて引きとってくれるという古本屋に、蔵書のほとんど全部を売却した。5~6年前のことだろうか。当時はまだ、どんな本にも多少の値段がついた。だが、いまはどうかわからない。去年知ったのだが、かつて私の本を買い取ってくれた古本屋は、そもそもすでに店をたたんでしまったそうだ。

辞書は、各言語1冊ずつをのぞいて、すべて捨てた。語学書と参考書も、必須のものを厳選して、残りは古紙回収に出した。

自分の訳書が整然と並び、その隣に必要最小限の本が収められた本棚は、スッキリとして気持ちがいい。棚はかなり大きく、じゅうぶんなスペースが空いているので、この先どれほど訳書が増えてもあふれてしまうことはないだろう。もっとも、すでに人生の折り返し地点をとうに過ぎてしまったことを考えれば、そのような心配をすることもないのだが。

以前、有名な作家たちの仕事部屋や本棚を紹介する雑誌記事の写真を食い入るように見ていた時期がある。圧倒されるほどの量の本を眺めては、すごいなぁと感心し、こんな環境で仕事をしたいと思っていた。

だが、いまはまったくそうは思わない。身軽が一番だ。必要なものだけ、あればいい。実際、それでまったく困っていないのだから。

シンプルに整った環境で、心身ともに軽やかに、クリアな頭で今後もよい仕事をしていきたい。

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リュクサンブール公園(フランス、パリ、2018年10月撮影)

「TGV(フランス高速鉄道)乗車記録」シリーズ
「もうすぐ四半世紀」シリーズ
「旅フォト備忘録」シリーズ

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自由に、のびのびと、自分がやりたいことを楽しむ人生を送っています。TGV乗車体験をもとにした「TGV(フランス高速鉄道)乗車記録」シリーズ、メモがわりに残しておきたい写真を収めた「旅フォト備忘録」シリーズなどを公開中。職業はフランス語翻訳者です。

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「もうすぐ四半世紀」シリーズ
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  • 11本

フランス語翻訳者ならではのエピソードをつづったミニエッセイ。

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