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追憶のアーケード:ゲームセンターの思い出話 90-00年代

「次の打ち合わせは池袋だね」
「んじゃランチは花田で味噌ラーメンかな。」

こんな会話ありますよね?その町にはその町ならではのお店があります。ラーメン屋さんだったり、カフェだったり…。ただ私の場合はゲームセンターの事を考えがちです。

「次の打ち合わせは池袋だね。」
「え!じゃあミカドで『タイムクライシス2』やろうぜ!」

こんな風にどこかに行く際のモチベーションになってたりもします。がっつりプレイする時間はなくとも、ちょっと寄って様子を見たくなります。ゲームセンターが好きなんです。

ただ最近ゲームセンターは減ってしまいました。新型コロナの影響もあり、とても強い向かい風が吹いています。なんとかできんものか!と思いこの記事を書きだし、人生でお世話になったゲームセンターを語って宣伝していこう!と思ったのですが…まぁ…単なる思い出話になりました。

というわけで幼少期から行っていたゲームセンターと思い出のゲームの話をしてみます。お金持ちの黒髪ロングな女の子とのロマンスはありませんでしたが、90年代私の生活にゲームセンターは欠かせない場所でした。

■小学生/1990年代前半

ゲームセンターと話を始めたものの、この時代はとあるお店の一角にあるゲームコーナーがメインでした。「こども屋」という名前のおもちゃ屋さんだったのですが、90年代前半はゲームコーナーが充実して筐体が所狭しと並んでいました。特に以下ふたつのタイトルは夢中になっていたのを覚えています。

『フライングパワーディスク』1994年
フリスビーを相手のゴールに投げ入れるシンプルなゲームなんですが、読みあいがめっちゃ楽しいです。現在switchでもPS4でもダウンロード専用ゲームとして遊べます。私も対戦相手募集してます(オンラインに誰もいない)

『究極戦隊ダダンダーン』1993年
敵を倒していって最後にボス!という流れではなく、いきなりボスなのが斬新すぎたアクションゲームです。「秋葉原HEY」というゲームセンターで今でも稼働してるはず!2年くらい前に竹谷とプレイしたんですが、コンテニューしすぎて2000円くらい使った気がします。

そんなわけで月に何度かの外食をした後、商店街にある「こども屋」に連れていってもらいゲームをするのがとても楽しみでした。

いつだったかお店に行った時ちょうどシャッターを閉める時だった事がありました。通常は開いてる時間だったのもあり、私もうらめしい目をしていたのでしょう。店主さんが「ちょっとだけ遊んでいきな」という具合に店を開けてもらったのです。

やった!と喜び勇んでお店にはいると一緒にいた父親が「せっかくあけてもらったんだから何か買わないと悪いだろ」と、スーパーファミコンのソフトまで買ってくれたのです。すごくうれしかったのを覚えています。すごい、鴨が葱を背負って来たぞ、と。そんなボキャブラリーないですけど。

そのゲームソフトは父親が選んだもので、静止画ではなく動画をつないで完成させるパズルゲーム…みたいな記憶があるんですが…どなたかタイトルわかる人います?(丸投げ)

ちなみにこのお店は おもちゃ屋→ファミコンショップ→ミニ四駆屋 と時代のニーズに合わせて形を変えていってました。

■中学生/1990年代後半

東京都大田区で生まれ育った杉山ですが、ゲームセンターといえばやはり蒲田でした。哀愁のあるメロディーで有名な蒲田行進曲。そのイメージと相反して蒲田は当時めっちゃ怖い場所でした。「シルクハット」など大きいゲームセンターもあるのですが、怖い人が多いので蒲田にはいかず私が通っていたのは2駅離れた場所にある「ハイテクランド セガ池上」です。

一階がパチンコ屋さんで二階がゲームセンターになっています。セガさんのゲームセンターこの構造多くないですか?最近閉店してしまった我が町府中のセガもこの構造でした。私には兄がいるのですが、とあるゲームを教えてやると連れいってもらったのが通うきっかけだった気がします。

それがこちらの『スパイクアウト』というゲームなのですが、今でいう『無双』シリーズなどに近い感じで3Dのマップでキャラを動かして敵を倒していくというアクションゲームです。

4人で協力できるというのが画期的でうまい人達がやると1クレジット(だいたいのお店が100円)で1時間くらい遊べます。んな大げさな、と思うかもしれないですが本当です。ゲームセンター側としてはつらかったんじゃないでしょうか…。

兄がこのゲームをやり込んでまして、チームを組んでタイムアタックとかやってたりしてました。それを私に教えるって事でプレイしたわけです。

初めてのプレイというのもあったのですが、自分の事だけ考えて回復アイテムとったりとか、ボスと戦うの嫌なんで端っこに逃げて貢献しなかったりとか…まぁ適当なプレイをしたんでしょう。向かいの筐体に座っていた兄が私のところにつかつかと歩いてきて、胸ぐらをつかんでこう言ったんです。

「おい、遊んでんじゃねぇよ」

衝撃でした。ゲームしてるのに?え?ゲームしてて遊ぶなって何?当時はそう思いました。ただ、そうです、今ならわかります。ゲームは遊びじゃないんです。遊びじゃないと思っている人がいるわけです。これが今でいうガチ勢エンジョイ勢問題です(多分違う)

そんなこんなで対戦や協力する事のマナーや心得もゲームから学ぶわけです。ちなみに『スパイクアウト』は今「新宿スポーツランド」というゲームセンターでも遊べます。ちゃんと4台あるんですよ!


■中学生/2000年代前半

この頃になると行動範囲も広がり、通っていた学校の立地もあり東横線沿いのゲームセンターを渡り歩くようになります。

「ゲームプラザセントラル日吉店」
本当は一番ここが学校から近いのですが、テスト後などは先生が見回りにくるので敬遠しがちです。調べてみたら2012年に閉店しておりました…かなしい…

「白浜 元住吉」
というわけで一駅離れた元住吉に行きます。「白浜」はとりあえず暗かった記憶があります。ゲームセンターで「白浜」ってどういう名前なんでしょうか。今もあるならまた行きたい…。今でいう1000円ガチャみたいな謎の自販機があって友達とバツゲームでやった記憶があります。

「ニューコスモ」
白浜からそう離れてない場所にある明るいゲームセンターです。当時『ポップンミュージック』という音楽ゲームにハマっていたんですが、なぜか一階と二階をつなぐ階段の中腹みたいなところに設置されており、プレイしてると人が後ろをめっちゃ通るんです。行き来するためにやむを得ず通ってるわけですが、自分のプレイでギャラリーを集めてる気になって調子に乗ってました。

「某ゲーム屋さんのゲームコーナー@武蔵小杉」
調べても出てこない…どなたかわかりませんか?武蔵小杉駅出たすぐにショッピングセンターみたいなのがあって、2階か3階にゲーム屋さんがあったんです。1階にドムドムバーガーが入っていて、そこでコロッケバーガー(80円)を食べてから上にあがるのがルートだったんですが…そのゲーム屋さんに『MARVEL VS. CAPCOM2』の筐体が置いてあったんです。(リンクはプレイステーション版のサイトです)

『ストリートファイター』に代表されるような対戦格闘ゲームでして当時ゲームセンターを賑わせていたタイトルでした。対面で向かい合わせで筐体を設置し、見知らぬ相手に勝負が挑めるわけです。ただここに置いてあったのはそういった対戦台ではなく細長いタイプのコンパクトな機械1台で、これが100円2クレジットだったんです。50円1クレジットじゃないのがミソで、100円入れたら2連続プレイが許されるのです。(席を立たず連続でコインを入れてプレイする事は連コインと言ってマナー違反とされます)こんな筐体です。雑ですみません。

名称未設定 1

当時ゲームセンターはだいたい対戦台でした。ひとりで遊びたくても誰かに乱入されて対戦が強制的に始まるようなシステムだったのです。そのためここは練習にはうってつけでした。そもそも穴場ということもあり、よくここでひとりで遊んでたんです。対戦ばっかりしてると心が荒みますからね。それで、ある日いつもの様に練習してたら、金髪のお兄ちゃんが横に立って私のプレイ見てるんです。明らかにヤンキーです。こわい。

みせる程の腕でもないし、ギャラリーするような場所でもないでしょ…と思っていたんですが、なんとそのお兄ちゃんが私の隣に座るじゃないですか。

え?なになに?お友達?お友達だっけ?んなまさか。そんなことを思ってるとお兄ちゃんは無言でスタートボタン押して乱入してきたんです。それ、私のクレジットなんですよ?私が入れた100円の2プレイ目で、私がやってるゲームに参加してきたんですよ?

自分がやりたいゲームが埋まっている場合「予約コイン」といってその台に100円玉を置いて「次俺の番!」と意思表示するやり方がありました。これはマナーとして賛否が分かれていたんですが、もうそれどころの話ではない。常識が通用しない。

そして無言のまま試合が始まるわけです。繰り返しになりますがこの筐体すんごい狭いんですよ。肩が常にぶつかってるくらいの距離感に知らないお兄ちゃんが、無言で私のお金つかって私を倒そうとしてきてるわけです。

こんなのこっちが怒って良い状況ではあるのですが、ビビりの私は勝って逆切れされたらどうしよう、なんて考えてるわけです。適当にやって負けて苦笑いしながら席を離れ、今日はもう帰って『特命リサーチ200X』の録画でもみようって。

ただつい夢中になってしまうというものゲームというやつで…この時も頭の中の考えとは相反してコンボが決まる決まる…うわーヴェノムめっちゃかっこいい…

YOU WIN!!

気づいた時には画面にそんな文字が表示されていました。やってしまった。死んだ。はい。終わり。そう思ってガクブルしているとガタン!お兄ちゃんはおもむろに立ち上がります。ひぇえええええ

パチン!

ひぃ!っと思って手元をみると50円玉が。

え?

お兄ちゃんは1クレジット分の50円を置いて去っていったのです。「やる
じゃん」という言葉を残して。

・・・

「やるじゃん!」じゃないよ!いやもう心臓バックバクで事なきを得たことにとにかく安堵しました。なんかカッコよく去っていったけど、落ち着いて考えると全然かっこよくないし、人のお金で乱入したら絶対だめです!いやこれめっちゃ怖くて…今でも鮮明に覚えてる記憶です。ちなみにこの話当時「週刊ファミ通」に投稿したんですが採用されませんでした。

■おわりに

というわけで今回は2000年台前半くらいまでの思い出を振り返ってみました。自分が生活したり、通ったりする場所には必ずと言っていいくらいゲームセンターがあってそれぞれに思い出があります。もちろんゲームの楽しみ方は時代によって変わります。esports施設なども各地にでき、ゲームコミュニティの在り方も変わっているのでしょう。

※そのあたりはこちらの記事にも書いてますのでよければ是非に

そういった時代の変遷も理解できるのですが…私は単純にゲームセンターにまた遊びにいきたい!オフ会に行きたい!大会に行きたい!あのガヤガヤと騒々しい空間にみんなでまた集まりたい!そんな想いを抑えられません。

本当にただの思い出話になってしまいましたが、読んで頂いた皆様のゲームセンター熱がコンマ一度でも上げられれば幸いです。負けるなゲーセン!がんばれゲーセン!

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■ミリアッシュはイラスト・ゲームイラストの制作会社です!




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