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キンモクセイ

 今はもう、君がどこで何をしているかなんてわからない。探したくてもどこにも手がかりなんてない。でもあの頃は、君がまだ手の届く所にいた高校最後の夏は。

「ねむ〜い、あつ〜い」
気だるそうな冷夏の声がさらに気だるくさせる。冷夏がこれを言うときは飲み物を買ってこいの合図だ。
「あ、当たった」
公園近くの自販機でサイダーを2本買ったらたまたま当たってしまった。
「なんで2本目で当たんだよ、1本目で当たってくれたらいいのに」
「いいじゃん、れいか2本飲むから」
「いや、おれの金だからおれが2本な」
「けち」
「サイダーって甘いから太るぞ」
冷夏は太るぞって言えば大体片付く。
「夏って汗かくのになんで痩せないんだろ」
「動かないからだろ、運動しろよデ、」
「お前それ以上言ったら海に沈める」
口の悪さは2人とも折り紙付きだ。高校2年生の時先輩と喧嘩して泣かしたことある冷夏は少なくともうちの高校では1番気が強いと思っている。
「もう暑すぎるから家行ってクーラーガンガンにしよ」
2人でぼくの家を目指して歩き出した。
「そういえば、れいかのお母さんが今度みんなでスイカ割りしよって言ってたよ」
「おれもう颯太とやったんだけど」
「いいじゃん、唯衣ちゃんもくるよ」
「なおさら行かないね」
ぼくは唯衣ちゃんに告白されたことがある。しかも3回も。全部振ってしまった。可愛いとは思うけど付き合う気持ちは全くなかった。颯太と冷夏に散々冷やかされた。あんな可愛い子を3回も振る奴がいるかよって。
「唯衣ちゃんもさ、もう今は好きって言う感情ないって言ってたからいいじゃんか」
「なんで3回も振られてんのに気まずいって気持ちにならないかなあ、振った方が気使っちゃうよ」
女の子の気持ちはさっぱりわからない。1度も理解できたことがない。姉と妹がいるのにだ。
「疲れたからいつもの十字路のベンチに座ろうよ」
僕らはいつもこのベンチで日が暮れるまでずっと話していた。どうしようもない会話ばかりだ。今日は冷夏に唯衣ちゃんの気持ちを女子目線で熱弁された。あんな適当な振り方されたら諦めきれないだの3回も告白されて気持ちが動かない方がおかしいだの。多分ほんとにそうかもしれないけど、そんな唯衣ちゃんの気持ちを熱弁されたって頭になんか入るわけがない。本当は冷夏の気持ちが知りたいのに。

高評価につき続編へ続く

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