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笑顔の魔法をかけてみたい


こんにちは みょーです。

パティシエ兼ブランジェをしていた頃の経験をまとめていきます。




”ホンモノ”



同じ職種でも違いがある。

実力や経験によって僕達の仕事は評価される。それは収入や地位に差をつけ、プロ中のプロだけが“本物”と呼ばれるようになる。その言葉は真面目な社会人の多くをニセモノにしてしまう。


その違いってなんだろう。23才になり、実質的な店長となっていた僕は、東京の有名なレストランを仕切っているパティシエの講習会に参加した。未熟な僕でも、その人が本物だとすぐ分かった。

本物のパティシエは講習会に参加した全ての人を笑わせた。

世界を渡って実績を積み上げ、たくさんの修羅場を乗り越えてきたその人は、パウンドケーキに加えるブランデーを計量したカップに、ラップをかけそこねて全部蒸発させた弟子をかばっていた。


学生の頃に会ったフランス人講師とは全然違う。あの人は部下が失敗した時、カタコトの関西弁で喚いているだけだった。

一方で本物のパティシエは失敗を笑い飛ばしながら講習を続ける。


「ちょっとのお酒くらいじゃそんなに変わりませんから!」

「材料はほとんど関係ないんです。確かな技術とこだわる姿勢さえあれば」

その言葉通り、焼きあがったブランデー抜きのパウンドケーキは美味しかった。


何が違うんだろう? 足りないものを補う様に、何か魔法をかけたに違いない。

僕がその正体に気づくのは、ずっと先のことになる。



100円の仕事に120円の感動を



ある日、ウェディングケーキに乗せるためのイラストの注文が入った。描くのは名前の知らないガンダムだ。ロボット好きな子どもだった僕が知らないということは最近の作品なのだろう。もしかすると出会いのきっかけだったりして……

一度そう思うと、テレビの前に並んで座る幸せそうな夫婦の姿がなんとなく頭に浮かんでくる。僕は全力で描き上げる決意をした。


いつもの仕事が終わってから作業場に椅子を用意し、ノートを2冊並べたくらい大きなホワイトチョコレートの上に、イラスト用のミルクチョコレートで線を描いていく。疲れでこわばった肩は次第に言うことを聞かなくなり、シャープなガンダムのパーツをみすぼらしい姿へと変えてしまう。

時には包丁を定規代わりに使い、つま楊枝で細部を調整しながら、工夫を重ねて線を引いていく。確かな技術とこだわる姿勢を忘れずに。


そうして三日分の仕事終わりを捧げて仕上げたガンダムの肖像画は、以前の店長のイラストしか知らない店員を黙らせた。我ながら上手に描けた、まさに自画自賛である。

名も知らぬガンダムは、綺麗なウェディングケーキへ乗せられて式場へと旅立った。なんとなく敬礼したくなったが、堪えた。


それから数日が経ち、店番の女性から嬉しい知らせをもらう。なんとその場で食べられる予定だったガンダムは、「もったいないから」という理由で新郎新婦の冷蔵庫に格納されることになったのだという。

僕はガンダムに魔法をかけたのだ。「頑張って良かった」という喜びと感動が胸に溢れ、これこそが本物の仕事なのだと気づけた。お客さんが「まだ気づいていない望み」を、汲み取って作り上げることが特別な魔法になると、身を持って学んだのだ。


実は、それまでの僕も「100円の仕事に120円の感動を持たせたい」という想いで働いていた。そのわずか20円の差がとてつもない違いを生む。このウェディングガンダムは、それが形になった嬉しい出来事で、モノ作りから離れた今でもたまに写真を眺めている。

でも、その心意気が生まれたのは、取り返しのつかない後悔の写真がきっかけだった。



とても簡単な仕事



ガンダムを見送った日から何ヵ月か前、共に働く後輩達も仕事に慣れ、僕の心に余裕が出来た頃、なぜか色々な注文が一度に重なる忙しい日があった。

普段はバラバラに仕込むパンを、どうしても一日で作らなければいけなくなり、その計画と準備で頭がいっぱいになっていた時、よりにもよってバースデーケーキのイラストの予約が飛び入りでふたつも入った。


ひとつは“なんとかレンジャー”のブルー、もうひとつはハローキティだった。

僕は描き慣れたハローキティをすぐに片付け、時間のかかりそうなブルーに取りかかった。「最近のヒーローごちゃごちゃしてんな……」とぼやきながらも、ブルーの手に注文した男の子の年齢を示させた。我ながら粋なサービスだと思った。


その数日後、嬉しそうな店番の女性から声をかけられる。

「見てみょーくん!」

「これ、こないだのイラストの子の写真!」


スマホの画面に映る女の子は、自分の顔よりも大きなホールケーキを持ち、つられてしまいそうになるほど可愛らしい笑顔を浮かべていた。

テレビCMになりそうなほど素敵な一枚。僕はその写真を見た途端、言葉に詰まった。女の子の隣には、あのハローキティが写っている。

僕が片手間に仕上げたハローキティが、ケーキの上から女の子を祝っている。


イラストと共に書かれたメッセージに、心がこもっていないことは僕だけが知っている。それを女の子が知らないことも、僕にだけ分かる。 

皆を幸せにする女の子の無邪気な笑顔は、後ろめたい僕にとって凶器だった。今も脳裏に焼き付いて忘れることが出来ない。その時から、もう二度とどんな仕事でも手を抜かないと誓った。


あの子は僕が三流の詐欺師であることを教えてくれた。

簡単な仕事など、この世には無い。



魔法使いは誰だ



おふくろの味、おばあちゃんのカレー、友達と分け合ったアイス。

身近な思い出にその魔法は隠れている。それを100円のパンに込められるようになった時、僕の仕事は“ホンモノ”となる。写真を見たあの日から、そう思って忙しい日々と向き合うようになった。


買った人の気持ちが商品に魔法をかけるのだ。

僕達はその手伝いをするために働いている。言葉にすると単純なことだけど、実際に続けるのは難しい。

それを教えてくれた、あの女の子には敵わない。僕のハローキティに魔法をかけて、皆を幸せに出来るのは、あの子の笑顔だけだから。


次の誕生日まであと少し、僕はプリキュアもエルサも描けるようになった。それにもう手を抜くこともないし、こだわりだってある。

今度は僕が魔法をかける番だ。



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