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アメージング・スパイダーの手紙

秋の始まりの風はまろやかで、甘い。

風は捨てきれなかった夏の熱を含んだまま行先を決めきらず、やわらかく流れて、枝分かれしていく。

朝起きてベランダに立って、そんな透明な風に吹かれながら、今日こそやって来るのが本物の秋であるといいな、と思う。ふとベランダの端っこに美しい模様を見つけた気がして、近寄ってみると綺麗なクモの巣がひとつ、風にゆれて、ゆらゆら。

どこを探してもクモの巣はもぬけの殻で、なにかおもしろいものを見たかった私は、こう言っては何だけれど、すこしつまらない気分。

それにしても巣は綺麗だ。クモたちは一体、どのようなやり方で糸を張るのだろう。最初の一本の糸は、どこを起点にしているのだろう。設計図もなく定規も引かず、黄金比のことも知らないまま、なぜ、どうして彼らは、これほどまでに完璧な模様を描けるのだろう?

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自然の子どもである彼らにそれが出来るのならば、その自然の行く末に立つ私たち人間も、生きているだけで美しいなにかを作ることができる存在なのかもしれない。少なくとも、そう信じてみてもいいような気がする。

創造主のいなくなった巣はまるで置き手紙そのもののようで、私はその編み目から受け取ったメッセージを頭の中で翻訳する。自然の信号はいつだって難解で、きちんと理解するのにはとても時間がかかるけれど、感じたままを言葉にするなら、そう、きっとこんな感じだ。

「持てる糸を編みあげて、部屋と空をつなげたら、ほかに行きたいところが見つかったのさ」なんて、ね。

世界のほとんどのことは、もしかしたらだいたいそういう仕組みなのかもしれない。

新世界に到着してひと息ついている虫に宛て、私は同意を秋の空の彼方へ送る。そして、返信はすぐに来た。

「だったら君もはやく、君の模様を編み上げなよ。君にしか出来ない、君だけの模様を」

部屋はぬるい温室のようで、私は着る服にちょっと戸惑う。冷めたコーヒーのまだらなミルク模様が、カップのふちでさざ波を立てる。

整理整頓したテーブルは気がつけばゴチャゴチャの生活であふれている。けれど、私は今日もあきらめずに手を伸ばして、そこから何かを小さく選び取る。

選んだものも選ばされたものも、全て「糸」の材料として今ここにある。どれを愛するかは、私次第。選び取ったものひとつひとつが、やがて私だけの模様になるなんて、そんな考えを持つことは、とっても、素敵だ。

片付けをしたあとの部屋は小さな美であふれている。それはまだ、編みかけのクモの巣みたいなものだ。

クモの巣の張り方をネットで調べた。クモたちは最初の一本を風まかせに流して、着地した場所から枠を作り始めるのらしい。

もう一度窓の外を見やると、透明からブルーへ色づきかけたような空が広がる。その一番高いところを目で追いながら急に、その空の奥とこうして文章を書いている指先がつながっているような気持ちになる。

それは願いや祈りというよりも、予感だ。

たとえば心地よい芝生のような絨毯。ANAの旅雑誌。曲がりくねるコードや、光をくずしたようなフルーツ・ゼリー。赤ちゃんの寝息と、それに合わせて微かに上下する白いブランケット……。

おそらく目の前に見えるなんでもない光景のそのあたりから、きっと糸は始まって、秋の甘い宙をかろやかにただよい、ゆるやかにたおやかに、私の模様は広がってゆくのだろう、と思う。



A tender breeze reminds me of an amazing spider web, which suddenly makes me realize that human wisdom could create something beautiful just like them. Maybe you can do it just like the way they do — build a bridge in the purely sheer sky this autumn. 




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いつもお読みくださって、ありがとうございます。

◆PARK GALLERYさんが、ZINE “Dreaming Girl’s Diaries” (『#ドリーミングガールダイアリーズ』)のレビューを書いてくださっています。

◆ お知らせが遅れましたが、『ドリーミング』 ZINE は吉祥寺百年さんでもお取り扱いいただいています。お近くのかたはぜひお手に取ってみてください。これまでのお取り扱い店など、詳細はこちらからどうぞ。

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