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夜、私の集めたロマンティック

「ウルフムーン」と名前のついた月を見上げたら、こっそりストロベリー・チョコレートを開封したくなった。

銀紙が寝室でカサコソと音をたてる。夜の中に甘い匂いがひろがり、薄暗がりはすこしゆるんだ雰囲気になる。

闇は味方につけるのが得策だ。たったひとりで行く夜のカフェも、レイトショーも。

こういう夜のために、私はいくつかとっておきの飾りを持っている。ちいさなダイヤのネックレスとかイヤリングとか、黒いボトルの香水とか。

自分以外の誰かのためにそれらを使うわけではないけれど、そんなことはどうだっていい。夜を心地よく楽しむなら、月のようにしずかに、ささやかな光を纏うだけだ。

一日のロマンティックを、私はかき集める。

たとえばアスファルトにこぼれおちたさざんかの花びらは、もれなくハートのかたちをしていること。

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夕方、パンの香りを嗅ぎながら歩くと、子どもの頃に戻れそうな気がすること。

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にぎやかで、夢見心地なドーナッツ。

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重ねられた、ちいさな子どもの手。

カメラロールには、きれいに撮れたものとそうでないものがランダムに並んでいる。ピントの合っていないものやどことなく気に入らないものもあるけれど、削除することはむずかしい。どんな一枚でも、そのとき私はその光景をかけがえもなく美しいと思ったのだから。

ほとんどのことは、通り過ぎてしまえば、次の日にはもう忘れる。出会わなかったことにはしたくない光景も、呼吸をするように簡単に忘れていく。

悲しいことやつらいことはいとも簡単に記憶を上書きする。そして日常のロマンティックを全否定する。

「現実はちっともロマンティックじゃない。」

……そうだろうか?

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毎日、起きたり眠ったりを繰り返すように、現実とロマンティックを行き来しながら私は生きていく。

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願わくば世界の恋人として、ただ美しいと感じたものを出来るだけ記憶の奥へ奥へと受け入れ続けよう。

そして月を眺めながら、気障なムードでストロベリー・チョコレートを頬張る。私の人生に深く根づいている不安が、甘くとろけていくのを感じる。

「現実はちっともロマンティックじゃない、なんてことはない。」

かけがえもなく愛しいと思った瞬間たちは私の中へ粉雪のようにふりかかり、やがて悲しみも不安も、優しく穏やかに覆い隠してくれるのだろうと思う。





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なんでもない私のつぶやき……  

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