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大切なことは深夜に/HEAT

みずいろのワンピースに、ぶかぶかのステンカラーコートを私は着ている。ワンサイズ大きいのは、今そんな気分だからで、身体にはなじんでいるし、夕方の美術館に行くにはなかなか決まっていると思う。

彼は海へ釣りに行って、私は午後ずっと街を歩いていた。一日中一緒に過ごしたところで、大切なことを語り合うのはいつも深夜になる私たち。お互いの心が同時に開くことと、ぴったりくっついて過ごす時間の長さが、ぜんぜん関係ないと分かったから、こんな休日がちょうど良い。

広々としたスペースの端に設けられた憩いのためのパラソルは、すでに閉じられていた。人影のまばらな石畳に、夕方のしっとりした空気が降りていく。

ブリューゲル一族の系譜をたどる展覧会だった。特に印象的だったのは、「机上の花瓶に入ったチューリップと薔薇」という題名の絵だ。花々が妖しく美しく咲き誇っている中、まだら模様のチューリップがことのほかよく目立つ。

「まだら模様のチューリップはウイルスに感染している状態だが、当時はまだそのことが知られていなかったため、希少価値のある花として描かれた」というような解説が付けられていた。

大きく心を動かされた私は、その絵の前を音もなく立ち去る。

帰りのトラムに乗る前、格別に私はボーとしていて、デパートの中を、ぐるぐるさまよい歩いていた。布やリボン、きれいな紙片の売り場を眺めて歩いている。

さっき美術館で「出来上がった作品」たちを観たばかりだけれど、いま目の前にあるのは「これから何かになるもの」たちだ。彼らは出来上がったものよりもずっと緊張した面持ちでスタンバイしているように見える。私はベルベットのリボンを50cmだけ買った。

夜、マグカップにたっぷり香ばしいコーヒーをいれてリボンを眺める。リボンは指の間で甘くカーヴするようにほどける。髪を結わえたり、栞に穴を開けて通したり、プレゼントに飾ったり、どんなふうに楽しもうか。無邪気なロマンティックにひたりながら、いつしかウイルスに感染したチューリップの絵のことを考えていて、しばらくして、眠くなる。

魚を捌き終わった彼が「おやすみ」というのが聞こえた。ドアが開くと、かすかに血の匂いがした。

内臓をとられた魚が、冷蔵庫の中でしずかに凍りついていく。私たちはそれを明日料理して、おいしくいただくのだろう。私たちは全然違う過ごし方をして、それぞれの感動に感染し、同じ一日を終える。

素の姿でいられるのなら、あれこれ取り繕う必要はなく、出来上がったもののふりなんかしなくたって、構わない。

だけど、私はときどき「完璧な作品」というものにどっぷり感染したくて、美術館や博物館へ行かずにはいられない。そして真夜中にその熱をすこしだけ交換する相手に、深く感謝して眠りにつく。

Deeply being infected by "perfect masterpieces" --- it is a pure part of me, and sometimes "heat" to exchange to something equal with you.





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■すこしずつ情報公開していたMAGAZINE『一服』、ついに発刊されました。

編集長のmaoさんが初版を送ってくださったとのこと、楽しみに待っています…!



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