不具合について考えた

前回の記事を受けて「さすがに2日目は書かないとな」と思い、帰宅後の疲れた身体に鞭打って作業部屋のパソコンを開く。
今後のスケジュール関係の確認作業をしてからいよいよnoteを開き、襲って来る睡魔をかろうじて振り切り覚悟を決めて投稿ボタンをクリックするとなんと、ブラウザが立ち上がらない。ブラウザが立ち上がらない。

ブラウザが立ち上がらない。

「ははーん。さてはこれは『更新するな』という神様のメッセージだな」と取る事も出来たが、そこは流石に2日目。
どうにかやらねばならぬのだ。
やるならやらねばならぬのだ。
仕方なくパソコンでの入力は諦めて、携帯のアプリを開く。
これならパソコン版と違って不具合は出ていない模様だが、こちらはそうはいかない。
ここ何年か前から、小さい文字が見えづらくなって来ているのだ。

そう。アレだ。

先方の不具合→先方のなんらかの解決待ち
当方の不具合→打つ手なし

強いて言うなら文明の利器、リーディンググラスに頼るかと言ったところか。

しかしこれはそもそもの根本的解決になっていない。取り急ぎで今を誤魔化す対症療法だ。

不具合なら修理すればいい。
そう考えたなら、これはもはや不具合ではなく経年劣化だ。

歳を経て行く事を悲観する事はない方だとは思うのだが、ついつい「歳は取りたくないねー」と言ってしまう理由のほとんどが経年劣化だ。
腰。肩。股関節。目。その他もろもろ。

「形あるものいつかは壊れる」理論から導き出すと、経年劣化しないものはない。

歳を巻き戻すことが出来ないならば、せめて経年劣化を嘆く事ぐらいは許して欲しいと思うのは甘えだろうか。

それでも長く良好な状態で使用出来るべく、劣化を最小限に食い止める努力。それは「アンチエイジング」と呼ばれる。
元々大したルックスでもないので、見た目など正直どうでもいい。
劣化する以前に設計ミスを疑う。
それに関しては製造責任者を呼び出してライン管理の甘さを問い詰めたい。

私のルックスの話はやめよう。

話を戻して。

そう考えたら、アンチエイジング的アプローチを「いつまでも元気でいるための手段」としたならば、エステよりもトレーニングをするべきだ。
ただ難点としては、トレーニングによって故障してしまう可能性があるところだろうか。

いずれにせよ、健康な状態を長持ちさせる最大の方法のひとつが「しっかり寝る事」である。
今の私はふと気を抜くと気絶してしまいそうだ。

結局長く健康でいたいとするなら、この記事は有意義なものは一切ないままなのでとっとと寝た方がマシだったと言うことになる。何この結論。

支離滅裂で浅い考察のまま書き殴ったこの文章。
特に見直す事もなく、アンチエイジングのため今夜は寝ます。

普通かよ。

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