前髪とブルーベリー


中学3年生の時に、一週間のうち2つのコマは年度の初めか前の年に自分で選んだ授業を受けられた。

私はたしか、英語の会話の授業と、数学の論理の授業を選んだ。

数学は好きでもなく得意でもなかったけれど、論理の授業を担当してる先生がかわいい感じのおじいちゃんの先生で、一度その先生の授業を受けてみたくてその授業にした気がする。


その授業に集まったのは、先輩とかから聞いててゆるいという理由で選んだんだろうなみたいな人が集まってる感じで、15人いたかいないかくらいで、教室がすかすかしていて、午後の教室の空気は間延びした感じだった。


先生の前髪はいつも外向きにしっかりカールしていて、不思議だった。自然にカールしてるにしては綺麗すぎて、いやでも先生が前髪を巻くはずないし、と思っていたけど結局よくわからないままだ。


プリントは先生が全て手書きで書いたものをコピーしたもので、手書きの文字もゆるゆるだった。

授業の最初の方は、集合とか、ベン図とか、数学の授業らしいことをしていた気がする。


でも授業が何回か進んだあたりから、段々、先生の独特な手作りの文章題が並んだり、詭弁を自分で作ってみよう、とかが始まって、最後の方はアリとキリギリスの話の続きを考えるみたいなことになっていた。

授業の初めには前の週で書いて提出したプリントにコメントを書いて返してくれたり、みんなが書いた文章をたぶんコピーして大きい紙に切り貼りしてコピーしたものを配ってくれて、みんなで読んだり、
数学の授業というより国語みたいな感じだったし、ふざけた話ばっかりで、とにかくゆるゆるだった。

授業で出てきた問題で、
雨の日に傘を持っていなくて駅まで走る時に、走った方が濡れないか、歩いた方が濡れないか?
みたいな問題があって、各々考える。

自分が思いつく式を書いてみて計算してみる。
全然分からなかったり全然違ってたりするのが当たり前で、後から先生の説明を聞く、みたいな感じだった。

その問題は、
同じ距離を移動する場合、上から降ってくる雨が体に当たる分と、前から雨を受けて濡れる分の2種類に分けて、
上から濡れる分は移動する距離の分だから、歩いても走っても変わらないけど、
正面から濡れる分は、移動してる時間に比例するから、走って短い時間で移動した方が少なく済む。だから、結局は走った方が濡れない、みたいな話だった。

この問題のことはずっと覚えていて、この前も、雨が降ってきていてでも傘を忘れてしまった時に、これを思い出して少し走って急いだ。


テストのために先生の話を聞いて、問題を解いて、問題集を解いて、テストを受けて、点数が出て間違いを直して、の繰り返しとは全然違う時間が流れていて、きっと先生も楽しんでいたと思う。

冬休み明けか忘れてしまったけれど、
先生がイナゴの佃煮を持ってきてて、教室でみんなに回して食べさせる(?)みたいなときがあって、どん引きしながらみんな楽しんでた。



授業が終わったあとの、たしか春休みに、なぜかその先生にブルーベリーの苗をもらった。
ほしい人がいたら言ってくださいみたいな感じだったかは覚えてないけれど、学校の前で先生から植木鉢を受け取った記憶がなんとなくある。
どうやって持って帰ったかの記憶はないし、家で育ててみたけれど、少ししたら枯らしてしまった。
ほんとにブルーベリーだったかどうかも、ぼんやりとしてきてしまった。


授業、部活、期末テスト、修学旅行、卒業、とか、いろんな名前のついた時間からはみ出したような記憶だ。
不思議な時間が、でもあの先生はなんか優しかったし、熱くもなくて、てきとうでだけど楽しそうだったな、人間らしい人だったな、と思って、ちゃんと人間として関わってくれた記憶として残っていて、だから今思い出してもゆるゆるとした気持ちになれる。