「学ぶ」ということについて
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「学ぶ」ということについて

サッシに貼られた謎の言葉

・かかとの角質が硬くてカサカサ
・壁の掛け軸 描きかけの掛け軸
・ゆるキャラカードとキャラメルを買うキャピキャピの女子高生

毎週介護ヘルパーでお世話をさせていただいているおばあちゃまの縁側のサッシにテープでとめれたA4の紙に書かれていた言葉。
他にも早口言葉のようなフレーズがつらつら書かれていた。
しかも、私の臍あたりの微妙な位置に貼ってある。

聞けば、最近話す回数が減ったので、喋る練習を始めたんだという。
なるほど、車椅子のおばあちゃまの目線の位置だ。

ぼくのおばさん

僕はそれを見て、中学生の頃、小遣い稼ぎで手伝いに行っていた叔母さんのことを思い出した。

叔母さんは当時 国分寺駅の学芸大学の近所でラーメン屋を営んでいた。
まだ子供の僕の仕事は、犬のブン太の散歩とお運びだ。
当時30代後半であったであろう叔母さんは旦那さんを交通事故でなくし、女手ひとつで娘さんを育てていた。
長いカウンターだけのその店の厨房を脚の悪い叔母さんは窮屈そうに行ったり来たりしていたものだ。

その厨房の流しやカウンターには、小さなメモがあちこちに貼られていた。
見ると「水金地火木土天海冥」とか、「九九」などが書かれていた。
最初はなんだろう?程度にしか思っていなかったけれど、
ある時叔母さんに聞いてみた。

叔母さんは父方の姉弟、4人兄妹の長女にあたる。叔母さんの母親ことおばあちゃんは大変教育熱心ではあるものの、昔気質の人で「女は学力より生活力」と、娘ふたりには小学校しか行かせなかったという。
ちなみに私の父親もその弟な叔父も揃って大学までいっている。

叔母さんは、ラーメンを食べにくる学生達とカウンター越しに話しをしたりして、何か新しいことや興味の沸いたことを書き留めて、メモ書きを厨房に貼って見ることで新たな知識を学んでいたのだという。
「私は知らないことだらけで、学生さんたちの話がとても勉強になる」と。

「何かを学ぶこと」とは?

僕は今でも時々叔母さんの事を思い出す。

「学ぶ」ことに年齢や環境はあんまり関係ない。
要は気持ひとつ。
「知りたい」「わかりたい」という欲求に、自分がどう行動するかだけだ。

今はスマホでググれば、ほぼあっという間に答えに辿り着いてしまう僕たちはもしかしたら、「知りたい」「わかりたい」気持されも少し薄らいでしまっているかもしれない、とふと思った。
昨今TV教育について語られることが多い。
「何かを学ぶ姿勢」。
おばあちゃまやおばさんを見習って、少し背筋が伸びた午前だった。


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長年旅行会社で様々な旅を企画をしてきました。インド、ブータン、スリランカ好き。我が家には犬が5匹。東京在住。介護の仕事も開始。保護犬などにも興味大。今僕が気になるワードは「不便益」。様々な環境の様々な世代の人とつながりたい。そんな思いを秘めつつ日々感じたことをつづることにしました