政治学の教科書について(紹介記事ではないです)

先日,こちらの読書会に顔を出させていただいた.その中でいくつか頭に浮かぶことがあったので,ここをメモ代わりに吐き出しておくことにする.

1.好きな教科書のタイプ

 最近は非常に読みやすいハンディな教科書が増えてきていて,内容も充実している.ただ個人的な好みとしては,教科書は理論をたくさん網羅したカタログ的なものがいい.いいのだがそれを学生に読ませるとなると難渋する.この辺がつらいところ.

 海外の政治学教科書は薄いものもあるけれど,厚いものも多い.後者はこんなの最初から最後までなんて誰が読むんだと思われるし,そもそも持ち運び向きではない(Handbookとか死ぬほど重い).しかし記述も多彩で充実していて資料も充実していたりする(お値段も高い).

 日本の教科書だといかにお手ごろな価格で学生に届けるかということが重視されるため,どうしても紙幅に制約がかかる.それを補うために書き手によってはWebsiteに導いたりするわけだが.

 学生に読ませる教科書は薄くても,教える側としてはぶ厚いものも含めたいろんな教科書に目を通す.伝え方によってわかる学生が違ったり,わかり方が違ってくると思われるためだ.

 包括的な内容の教科書ほど,多くの場合,複数の書き手が書いている.教科書を使って教える教員が自分一人である場合,不案内な分野もある.そこで勉強するが,専門外なので自信がなかったりする.書き手が知り合いなら問い合わせもしやすいし,なんなら学生からの質問やコメントをダイレクトに届けると歓迎されることさえあるので,そのような補完の仕方がいいのかなと思っている.


2.教科書を読ませて学生をどこに導きたいのか

 わかりやすい教科書を学生に与えて,その学生にどうなってほしいのか.それは政治学を面白いと思ってもらって,さらにいろいろな図書や論文を読むようになってほしいのである.政治学といってもいささか広いので,学生が関心を持った分野でよい.国際政治でも,地方自治でも,有権者の政治意識でもなんでもかまわない.

 そういう意味で薄くてわかりやすい教科書を読んで,それでわかった気になられても困る部分がある.さらなる学習への動機づけが教科書を読ませる目的だろう.政治学で卒論を書かないまでも,政治学にとっての良き読み手であってほしい.

 ところがこれもハードルが高い.特に読書習慣がない学生にとって,読むものを増やすというのはかなりcostly effortである.水飲み場にいくら連れて行ってものどが渇いていなければ水を飲むことはない.教員にできることはこっちの水は甘いぞと歌うことだけだが,世の中他にいくらでも甘い水はあるのだ.

 ただ,政治学に限らず社会科学全般を学ぶ意義というのは,社会を見る目を養うということだと思っている.社会を政治から見るか,経済から見るか,法から見るか,心理から見るかなどの切り口はいろいろあれど,基本的には自分たちがかかわらざるを得ないこの社会をどうとらえるか.社会科学はそのお手伝いをする学問だと思っている.社会における自分の場所や,自分が社会で生きるために持っているか,これから得ようとするリソースなどから,自分の生存戦略を立てるために社会科学を学生さんには使ってほしいのである.

 社会において書類などから逃げることは難しい.ということは文字で書かれている言葉に通じていないということが,自分の足を引っ張りがちだということでもある.社会科学を学ぶ過程で文字で書かれた言葉に親しんでもらいたいのである.

 さらに言えば,社会に出てからも学びは続く.例えば資格を得るために教科書を読み,参考書を読み,問題集を解いたりすることはよくあることだ.政治学を学ぶ学生の多くは政治家にもならないし,ましてや政治学者になどほとんどならないけれど,政治学を介して教科書,参考書に触れ,そして自分で考えてみるという習慣をつけることは社会に出てプラスになることはあってもマイナスになることはあるまい.

 政治学は政治的な決定のプロセスを研究対象として扱う.ということは社会の一員として自分の思うような政策を実現するにはどこにどのように働きかければいいかということを考えるための材料をたくさん政治学が持っているということである.

 例えばこんな記事がある(「学校の情報化予算から眺めた地方交付税と地方分権のお話」).電子黒板を学校に入れたいとき,その予算を持っているのはどこだろう?県立高校なら県だし,市町村立の学校なら市町村だ.私学なら理事会になる.地方自治体が作っている学校の予算の使い方について知って働きかけたいなら,その自治体(都道府県か市町村か)の議会にアプローチすることになる.議会の中で教育について諮る委員会で,自治体の予算の使い方について審議されているだろう.ではその委員会に入っている議員に相談するのが近道,ということになる.学校の裁量で予算が使えるのであれば,校長に働きかけることになるだろう.その時,一保護者の立場で行くのか,PTAとして意見集約をしたうえで掛け合うのかで,交渉力は段違いである.こうしたことが「地方自治」を構成する.

 なのでとっても大事なことが政治学の教科書には書かれてあるのだから,読んで自分の武器にしてね,武器を磨くためにさらに学んでね,ということなのである.

 教科書について言いたいことはほかにもいろいろあるけど,とりあえずここまで.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?