竜宮城に案内されし骨折り女(台湾入院日記)
前回はこちら
夫がガサゴソと帰り支度をしているようだ。
という気配を感じるのが精一杯の朝4時。キツい往復をさせてしまったなと、申し訳なさと感謝はあるけど、起き上がれるだけのバッテリーはまだ充電されていない。申し訳なさと感謝はあるけど、横になったまま見送った。
日本まで、ご安全に…Zzz…
8月7日。
さて、本格的にすることがない。安全なホテルで迎えた朝には、もはや心配事もなければ、病院のようにバイタルチェックも傷の消毒もない。9時過ぎの時点で今日の再診時間は決まっていない。
なにもできることがない。
いや、正確には、食べること以外にできることがない。
救援食糧のおかきをポリポリつまんでいたけど、11時を過ぎても再診時間の連絡がないので、もう本格的にお昼を食べてやろうとUber eatsを立ち上げる。
ページの表記はほぼ中国語。写真で判断するという手もあるけど、日本でたびたび写真詐欺めいたガッカリを味わってきた経験から、ここでの写真判断はちょっと冒険がすぎる。
そこに現れしは、SUBWAY。
勝手知ったる、サブウェイ!!しかも英語を併記してくれている。分かる…分かるぞ!メインメニューはミートボールの君で、パンの種類はハニーオーツのトースト一択!タマネギは抜き!ピクルス追加でハニーマスタードソース!
デュエルスタンバイ!
ぽち。
食べるものを選んでる時って、豊かだ。
ピンポーン。
10数分後に部屋のインターホンが鳴る。デリバリーはフロントに配達してもらえば、ホテルスタッフが届けてくれることを事前にきっちり確認してあった。ぬかりはない。
昼ごはんが来たのとちょうど同じ11時半過ぎ、再診時間が決まったとメールが入る。13時半に私立高雄醫學大學附設中和紀念醫院に予約完了。13時にはホテルに迎えがくるとのこと。
シャワーも命懸け、身支度に時間がかかるので慌ててサブウェイを詰め込む。慌てすぎてあまり記憶がないのだが、なんというか、ちゃんとサブウェイの味だった。国が変わっても安定した味を提供できるってすごい。
約束の時間にロビーに降りると、退院の日もお世話になった通訳のKさんが待っていてくれた。アプリで呼んでもらったタクシーで、病院までは10分ほどの道のり。今日も、窓から見える景色で高雄観光を楽しむ。
と、そこにイッヌ!
バイクに乗った男性か飼い主なのか。ノーリードで走り回る犬を見たのは小学生ぶりだった。登校の道すがら、野犬に追いかけられてギャン泣きした過去を思い出していた。
35年も前の記憶を引っ張り出してくる台湾の街、恐るべし。
ほどなくして、車は立派すぎるほど立派な建物に到着した。私立の医大附属病院。大きな吹き抜けのロビーで、白衣を着た女性が出迎えてくれる。
通訳のKさんとは顔見知りのようだった。病院送りになった外国人はだいたいここに運ばれるのだそうだ。まさか、みんな、バイクにはねられてる?
用意された車椅子でそのままエレベーターへと乗せられる。女性がエレベーターのパネルにIDカードをかざし、22階のボタンを押した。
22階!?
私立医大病院では、そんな高層階に診察室があるのだろうか。いくらなんでもあるはずなかった。案内板には「インターナショナルメディカルセンター」と書かれた下に「VIP」とルビが振られている。
認証式の自動ドアでガードされた先にあったのは、私立の資金力を見せつけるかのごとくバブリー極まりない空間。そこらのラグジュアリーホテルも顔負けの贅沢さだし、調度品の数々の存在感がすごい。病院よね?ここ…。
つい2日前まで入院していた国軍病院も巨大だったけど、ちょっと、なにか、レベルが違う。竜宮城やん、これはもう。
その中の、やはりラグジュアリーな診察室で、「Fit to Fly Letter」をもらうための診察がはじまる。包帯を取り、事故の状況や入院中に受けた処置の説明をする。退院する時に貼ってもらった防水の大きな絆創膏を剥がされるのが嫌だったが、剥がされずに済んだ。
まだ血がにじむ痛々しい傷を、そう何度も見たくない。
バブリー病院の外科医は、悩みながら書類を埋めていく。これがないと目の前の日本人が国に帰れないことを、これまでの経験からよく知っているのだろう。
問診中心の診察は1時間以上におよび、記述のしかたに頭を悩ませる医師の背後でかすむ摩天楼を遠い目で眺め続けた。
ホテルに戻ったのは15時過ぎ。同じタイミングで自宅に帰り着いた夫から、熱烈に出迎えるネコチャンの写真が送られてきた。
「どこ行ってたの?何してたの?」
そう言いたげな表情が愛しすぎて、目一杯ピンチインして舐めるように眺める。というか、ほとんど舐めた。
こはだに会いたい。
台湾メシは魅力的だけど。旅程の半分以上が入院生活になってしまった無念を、安全な環境が手に入ったいま、食べ物だけでも取り返したい気持ちもあるけど。やっぱり日本に帰って、こはだと顔を寄せ合って眠る日常に戻りたい。
と言った舌の根が乾かぬうちに大変恐縮だが、腹が減ったら話は別である。背に腹はかえられない。
さて、こんどは何を食べようかな。
今夜私がいただくのは〜...牛肉麺!野菜もしっかり摂るのが足にもよかろうと、入院中もさんざん食べた青菜炒めをつけた。そしてふと、朝の分もいま頼んでおいた方がいい気がして、日本では見慣れないラインナップが魅力的だったミスタードーナツも注文しておいた。
ピンポーン。
きたきた。何かを持って松葉杖を突くが難しいので、事前に翻訳アプリで「部屋の中まで運んでもらえますか?=Could you bring it inside?」を調べておいた。このホテルのスタッフはみんな英語が堪能なのだ。若いのにすごいなぁ。
テーブルに運んでもらった牛肉麺のスープは、まだホッカホカだった。別添えの麺を放り込み、しっかり絡ませてからすする。
うまっ。
スープの底からでっかい肉の塊が2つも出てくる。八角の味がしっかりして、
食べ応えがある。ふと、箸袋に書かれた文字が目に留まる。
「めい しよう」
この言葉がなにを意味しているのか。
この謎は今も解けていない。
もし解けた方がいたら、ぜひ教えてほしい。
23時近くになって、部屋の電話が鳴る。
「ホケンカイシャ、ハヤシサンカラ」
フロントスタッフが、カタコトの日本語で言う。このホテルには英語だけでなく、日本語ができるスタッフも少数だがいる。多言語対応が可能なスタッフの襟元には、国旗のバッジがついていて分かりやすい。
取り次いでもらうと、今日の再診結果でもって航空会社の搭乗許可がおりたという連絡だった。え、展開早。日本人が国軍病院で治療を受けるということが、いかにイレギュラーだったか思い知る。
機内への松葉杖の持ち込みが可能かの確認だけを残して、ベストな席が空いている便を探してもらうことになった。夫が乗ったのと同じ、7:05高雄空港発関空行きエバー航空便に乗ることになるだろう。
とはいえ、8時間後に飛ぶ明日の便に乗る、ということはさすがにないはず。最短で明後日。明日の3食が、最後の台湾メシとなるかもしれないと考えていた。
食べること以外、できることがありませんゆえ。
せまるツイスト
よろめくハニーディップ。
次回、地球最弱の生き物がいただくのは
(9月11日夜 更新予定)
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