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私の頭の中のあなた。


美容室での過ごし方というのは、人さまざまだ。

梅雨明け間近の午後1時。

私は美容室の大きな鏡の前で静かに座って、
気づかれないようにきょろきょろ視線だけ動かしていた。
後ろではスタイリストさんが、その見事なハサミづかいで私の髪をすいていく。

シャッシャッシャッシャッ

私は毛量が多いから、すいてもらわないと夏は見た目もあつぼったくてよろしくない。

シャッシャッシャッシャッ

ハサミの小気味良い音を聞きながら、
私は鏡越しに後ろの席の女性をちらりと見る。

年は…たぶん20代前半ぐらい。
大学生かな?
背中まであるロングヘアーを整えにきたようだ。
今は担当のスタイリストさんが別のお客さんのもとに行っているのか、1人でスマホを見て過ごしている。

彼女はスマホ派か…

私はどうにも美容室でスマホを見て過ごせない。
施術開始時に

「こんなかんじのミニボブにしてください」

とスマホの画面を見せて以来、それはずっと膝の上にある。

施術中にスマホを見ていると、

(そういうサイト見てるんだぁ…)

と、スタイリストさんに思われそうで、
自意識過剰かもしれないが、なんだかスマホが見られない。
同じ理由で雑誌も見られない。

だけどそうすると、スタイリストさんとの無言の間にちょっとそわそわする。

だから気を紛らわすために、周囲をきょろきょろするのかもしれない。


そんなことを考えて後ろの彼女を見ていたら、2つ隣の席からわあっと陽気な笑い声が聞こえてきた。

(隣のお客さん、すごい楽しそう)

と思ったら、その笑い声は隣のスタイリストさんの声だった。

2つ隣の席は、お客さんとスタイリストさんがすごく楽しそうに仲良く話している。

なるほど。こちらはスタイリストさんと会話派か…

たしかに、会話をするのもいいかもしれない。
だけどこういうとき何を話したらいいのだろう…?
やっぱり自分の髪についての話が無難かなぁ…?
でも、今までずっと黙っていたのに、急に話しかけるのもなぁ…。

こんなかんじで、話すタイミングがいつもわからない。



…シャッシャッ

考えていたら、ハサミの音がとまった。

「そしたら、頭に残った細かい髪を飛ばしていきますね〜」

といって、担当のスタイリストさんがドライヤーを準備する。

あれ、ドライヤーが2つ?

スタイリストさんはドライヤーを2つ持って、
勢いよく私の頭に風をあてていく。

ゴォー!

2つだからか、なかなか風が強い。
髪がばさばさばさ、と吹かれていく。


あれ?
なんだろう、この感じ。

髪が勢いよく風に吹かれていくこの感じ。

なんだっけ??



あ、あれだ!



西川貴教だ…!!

♪妖精たちが 夏を刺激する
ナマ足 魅惑のマーメイド
出すとこ出して たわわになったら
宝物の恋が できそうかい?♪

HOT LIMIT


いま、私、

HOT LIMITの西川貴教になってる…!

この風はドライヤーからではなく、ヘリコプターからだ!

そう考えたら、なんだか後ろの方で大きな水しぶきも上がっている気がしてきた…。

そして私も歌い出す。

よう!せい!たちがっ 夏をしげきするっ
ナマ足 魅惑のマーメイドぉ〜♪

もちろん頭の中で。

だけど、私の隣にはイマジナリー西川が一緒に歌ってくれている。
もう、お互いノリノリだ。



ドライヤーがとまった。


私はハッとする。

鏡の中の私は、口元がゆるんでにやついていた。




美容室での過ごし方というのは、人さまざまだ。


今日の私は西川貴教と共に風を感じて、HOT LIMITしていた。
そして気づけば、頭はなんだかこけしちゃんだった。

そんなことを夜寝る前に彼に話してみた。
それから、彼にも美容室でどう過ごすのか聞いてみた。


「んー、俺はねぇ。膝の上で指を組んで、親指の爪を撫でてるよ」


なにそれっ?
あたらしいーっ!!




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