感傷に浸るより今をどう変えていけるか

 2023年は、ジャニーズ事務所をはじめとして、古い体質を一掃する動きが芸能界にも波及した初めての年になった。私はああいう大きな社会に所属していないけど、音楽業界の隅っこにいるので、考えることはたくさんあった。それについて今年のうちにメモを残しておきたい。

 今と昔、いろいろ違うけども、個人的に思い出すのはタバコ問題。2000年代当時は今とは法律が違っていて、ライブハウス全般的に喫煙可だった。私はそれが嫌で嫌で仕方なくて、mixiで意見を表明したり、議論したり、せめて自分のライブの時だけは禁煙にしてくださいと頼み込んだりしていた。お店の人はお客さんから文句が言われるからか、とても嫌そうで、私はすごく肩身の狭い思いをしていた。

 それが今や、もうほとんど吸えなくなった。歌うときに空気が吸える!嬉しい!私以外にも闘った人たちはたくさんいたのだろう。みんなで勝ち取った空気を吸う権利だ。

 タバコ問題に続いて、私の人生の中でも大きな事件が起きた年、2017年。私たちの業界のトップに君臨する某ミュージシャンが、なんとワイドショーネタになってバッシングを受けるという前代未聞の大事件があった。私がジャズを始めてから、一般の人たちがジャズ界隈のことを話題にするなんて初めてのことだった。しかし、ネガティブな話題だった。

 もう蒸し返したくないので、あんまり詳しく書かないけど、そのミュージシャンがステージ上でミュージシャン志望の中学生に暴行を働いた動画が流出し、炎上したのだ。

 当時のジャズ界の受け止めとしては、そのミュージシャンは偉大なので、叱咤激励を受けた中学生は感謝すべきだという感じだった。そのミュージシャンはパフォーマンスとして若手をステージ上でいびったりして、反骨精神を目覚めさせたりして育てるというタイプだった。

 昭和の時代は良かったのかもしれない。その人に育てられた偉大なミュージシャンは数多いることは事実だ。

 しかし、時代は変わったのだ。何より、ジャズの本場アメリカでそんなことをしてみたらどうなるか。アカデミー賞で妻を馬鹿にされ司会者に暴行したウィル・スミスはどうなったか。あそこまでのスターでさえ、猛烈なバッシングを受けた。ましてやこの一件で暴行した相手は中学生。おそらくアメリカで同じことをやったら、どこのステージにも出られなくなるだろう。

 この問題は炎上した当時は、ジャズ界は沈黙、あるいは擁護する姿勢を取っていた。そして逆に世間は、ジャズミュージシャンは学生をステージでしばいてもいいような碌でもない業界なのかと批判的な風潮になっていった。私はその「ろくでなしミュージシャン」と一括りにされるのが嫌で仕方がなくて、初めて擁護論ではない、批判を自分のブログに書いた。

 たちまちブログは拡散され、インフルエンサーや、有名ジャーナリストたちからもリツイートされ、ブログのアクセス数は10万ビューにまで昇った。多くは賛同や応援だったが、擁護派からも大量の意見が送られ、私は寝る時間も惜しんで全てを論破して説き伏せた。幸い誹謗中傷はなかった。特に同業者からは感謝のメッセージが多く届いた。「どうしても表立って書けないけど、本当に全文同意で、感謝してもしきれない」と言われた。時が経っても、あの時のブログを覚えてくれる人もいたりして、本当に勇気もいったし、怖かったけど、声をあげて良かったと思った事件だった。

 しかしその後はエネルギーが切れて1週間寝込んでしまったのだけど。

 音楽のような、手に職をつける系の仕事は、上の世代の背中を見て、振る舞いや生き方を学んでいく。しかし、圧倒的な地位を得た人には、誰も意見することができなくなり、おかしなことになっていく。時代の軋みによって、今年大きな岩がいくつも割れた。これは芸能界だけの問題ではなく、どんな小さな社会でもありうる問題であり、圧倒的権力者のリーダー学がどうあるべきかというものも、もっと取り沙汰されるべきなのではないだろうか。

 というわけで、先日今年初めて地元で飲んで、後輩ミュージシャンに「人が言わないような意見を言ってくれて、選択肢を見せてくれるから嬉しい。背中を見てます!」と言われて本当に嬉しかった。私はまだまだな存在だけど、抗ってきて良かったなと思った次第。

 ジャズは平等な音楽だから。上も下もないっていうことを教えてくれた音楽。だから私は大好きなんです。

長い文章を読んでくれてありがとうございました。

令和5年 大晦日
川本睦子

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