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2022.9.11 追記 note3年目。まだまだ、ぼちぼち続けるぞ。思い出したら見に来てください。

2020年の5月にnoteを書き始めて丸2年。
メインテーマは理解不能な👽夫のことだけど、仕事やボランティア(日本語教師)や心身のバランスを保つためにやり続けているヨガのことも書いています。

2年前にnoteを始めた時は、とりあえず書いてみるか、という感じでしたが、いろいろよかったなあと思うことがあります。

まず、「書く」ということ。コピーライターという仕事柄、日常的にあれこれ書いていますが、自分のことを自由に書くというのは、そういえばしてこなかった。やはり「書く」ことは自分の頭を整理し、冷静になるには必要ですね。

👽夫のことに関しては、「ウチもそっくりです。」とコメントしてくださる方が意外にも多く、グレーゾーンと勝手に診断しているのは失礼かと思いつつ、そう思って対処することで私は救われたので、この際ご容赦ください。

そして「読む」ことも、乱れた心を平常心に戻してくれると感じます。純文学や著名な方が書いた小説などを読むことで得られるものは多いでしょうが、市井の人たちが綴った日記やエッセイを読むことは、想像以上に安心感や社会のつながりを感じるような気がします。

あちこちのぞいていると自分にとって今まであまりなじみのなかった趣味や仕事、創作活動などを知ることができて面白いですね。
様々な経験をされている方の記事では、貴重な体験談や感想を知ることができて、みんなそれぞれの場所で精一杯、生活しているんだなあと思います。
それでも私が2年間で見てきた投稿はnote全体のほんの一部なのでしょう。

noteのコンセプトは「普通の人たちのさまざまな表現の場」ということのようで、写真、音楽、アート、手作りグッズの販売などいろいろ見られますが、私は最近、闘病しながら新しいことに挑戦しているももだみゆきさんとリモートでお話しする機会がありました。
オンラインセラピーです。

noteは本名を伏せてる方も多いし、誰かとリアルに繋がって「話す」ことはないと思っていましたが、こんな活動をしている方もいらっしゃるんですね。ももださんは、教育現場でのカウンセリングや闘病の経験などを生かして子育てや自分自身の問題解決にアドバイスをくださいます。ちょっと話を聞いてほしい、というのもOKなので、覗いてみてください。

さて「聞く」については、音声配信をしている方もいますね。
ラジオ聴きながら受験勉強していた世代としては、びっくり。
「1億総パーソナリティー時代」です。
面白い配信があったら教えてください。

ほかの方の投稿を読みだしたら止まらなくなり、自分の投稿が書けなかったり、仕事が立て込めば読むのも書くのもできなかったりですが、フォローしてくださった方の所は「元気にされているかなあ。」とたびたび訪問しています(スキし忘れることも度々ですが)。
しばらく投稿がないと、ちょっと心配だったりしますね。

フェイスブックはもう2年ほど投稿していません。
リアルな知り合いにはなかなか言えない話が多いし、リアルな知り合いとはつながりたくないというアウトローな私です。

そしてこれは娘への長~い遺言でもあるので、昨年娘にこのnoteの存在を伝えました。100記事超えたぐらいで知らせようと思っていたので。

3年目もぼちぼち書いていきますので、思い出したら見に来てください!

⇩こちらは2年目記念の投稿です。

※追記 2022.9.11
この記事の中で紹介しているももだみゆきさんが、2022年8月に亡くなられました。過酷な闘病生活を経て、「もしかしたらもっと元気になれるかも」と思い始めていた矢先、今年6月に再入院のお知らせがnoteに。

治療して、そろそろ帰って来てるかなと昨日ももださんのnoteをのぞいたら、訃報が。

ももださんが記事中にアップしていた写真から、私の居住地の近くの病院で治療していることを確信し、恐る恐るDMで連絡を取ってみました。リアルで繋がりたくない人もいるでしょうから、ずいぶん考えましたけど。

「ストーカーじゃないよ~」「でも写真アップする時は気をつけた方がいいね~」などとメールでお話しました。コロナ禍だし、他の病気にかかってもいけないので、直接会うことはやめて、上で紹介したオンラインセラピーをしてもらったわけです。

ももださんは今までも全力投球だったけど、ガンになっても前向きで、まだまだやりたいことがたくさんあって、これから挑戦したいこともいろいろと考えていました。

ガンがわかった時に諦めず、やりたいことが再びでき始めたことは「奇跡」だったし、ご本人もそれでとても自信がもてたのだと思います。

私が同じ境遇になったら、そこまで頑張れるだろうか。

ももださんの時間がこの先ももっと続けばそれが一番よかったのだけど、それは叶わなかった。でも、最初に諦めて、生きているのに死んだように過ごす数年と、先のことはわからないけどとにかく毎日を精一杯過ごす数年とでは、どちらが実りある時間なのかは、皮肉にも ももださんが亡くなった今だからわかる。

自分の経験を生かして、病気になっている当事者や家族のためにオンラインセラピーをやろう。元気になったらお世話になった病院の中でさせてもらうのはどうだろう。

不安を感じながらも、そんなふうに思い描いて、ももださんは自分で自分を奮い起こしていたのでしょう。

わずか1年と少しの、しかもnoteという世界での短いお付き合いでした。
きのうはびっくりし過ぎて。今これを書きながら涙が出てきます。

人生は有限です。
時間を大切にします。
奇跡の確率で時を共に過ごしている周りの人を大切にします。
そして自分を大切にします。

でも、みんなすぐに忘れてしまうんです。生きているということを。

行かれたことのない方はももだみゆきさんの最後の記事であり、STARTの記事へ、訪ねてみてください。そして、闘病記も読んでみてください。合掌。(こたろう君はワンちゃんです)





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