マッドドクターかと思った
長女には生まれつき、心臓の大動脈の一部が狭くなる「大動脈縮窄症(だいどうみゃくしゅくさくしょう)」という心疾患があった。狭くなった血管に血液を通すために心臓が一生懸命動かなければならず、上半身の血圧が上がってしまい、放っておくと命の危険があるとのことだった。
幸いにも生まれる前からそれがわかっていたため、生後2日で手術をすることになった。
手術の内容はこうだ。一時的に下半身へ血が流れるのを止めて、そのすきに大動脈の狭いところをスパっと切って取り除き、残った太い血管同士をつなぎ合わせる。大手術ではあるが症例も多く、わりと安全に行える手術だそうだ。
手術の説明をしたいとのことで、ぼくと妻とで担当のドクターに会う。挨拶を交わした後、ドクターは目をつむって軽めに天を仰ぎ始めた。どうしたんだろうと思っていると、フゥ〜と息を吐いたあとにこう言った。
「1%の確率で手術が失敗し、命を落とすことがあります……」
「その1%に入らなくても手術の影響でどこかに異常や麻痺が生じることがあります……」
「最悪寝たきりになるというケースもあるかもしれない……」
「それは確率の問題なのでどうしようもない……」
「これらに同意したうえで手術に臨んでほしい……」
「そのほかにも……」
軽めに天を仰いだまま、手術で起こりうるリスクを淡々と説明していく。この間、ぜんぜん目を開けない。妻はとなりで真っ青になっていた。
出た……
こいつ、マッドドクターだ!
マッドドクターとは、腕はあるが血も涙もないドクターのことだ。よく主人公の熱血系ドクターと医療への向き合い方の違いで衝突し、胸ぐらを掴まれたりしている。仕事中は白衣を着ているが、私服は黒シャツだ。
そのマッドドクターが目の前にいる。手術をマッドドクターに任せることほど不安なことはない。リスクを事前に伝えるのが必要なのはわかるが、ほかに言い方というものがあるだろう。
ひととおりリスクについて話し切ると、マッドドクターはまたフゥ〜と大きく息を吐いた。
「ところで……」
「私はこの手術を何百回と経験しています……」
「いまご説明したような大きな問題が起こったことは、私の経験上ありません……」
「今回も絶対に問題が起こらないとは言えませんが……」
「全力を尽くすことを、ここにお約束させていただく……」
グッドドクターだった。
目の前にいるマッドドクターが、ぼくの頭の中でグッドドクターへと変化していく。グッドドクターとは、無口で口下手だが、主人公が落ち込んでいるときにコーヒーを渡し(このとき、手術のときの青緑っぽい服を着ている)ボソッと心に響く一言を言う先輩ドクターのことだ。
もちろん私服は白シャツ。それも一点の曇りもない、純白のシャツだ。
そのあとなんやかんやあって、めっちゃ元気になりました。
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