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フェリス・ホイール 1


 僕は今、学校に通いながら、遊園地で仕事をしている。
 僕の仕事は、観覧車の窓拭きだ。

 晴れ渡る青空の下、今日も僕は掃除用具を携えて、1台のゴンドラに乗り込んだ。
 これが1周してくる間に、窓を拭き上げるのが僕の仕事。
 昼も夜も、お客さんで混み合わない時間には、こうしていつも僕は観覧車に乗っているんだ。高いところから眺める景色は格別だ。

 あ、今日もやって来た。
 遠くからでも光って見える銀色の点が、歩道橋を渡っている。
 この後は階段を下りて、向こうの道を右に曲がって、遊園地の外側をぐるりと回って園内に入って来る。

 道を少しずつ進んでくる銀色の正体はサラ・ターナー。とても不思議な女の子なんだ。

 あれはちょうど一週間前のことだった。
 休憩時間に入って、ベンチで缶コーヒーを飲んでいた僕の横に、ちょこんと腰かけてつぶやいた君。
「観覧車のゴンドラって幾つあるのかな」

 それは、ひとりごとにしか聞こえない小さな声だったけど、もしかしたら僕に問いかけたのかもしれなかった。
 銀色に輝く長い髪がきらきらして、コスプレにしてはやけに本格的で、僕は本当に宇宙から来た使者かもしれないって思ったんだよね。

「48機ですよ」
「数えたの?」
「知ってるだけなんです。僕、観覧車の窓拭き係なので」
「ふぅーん。あなたには48の見分けはつくの?」
「はい。1機ずつ番号が付いています。イ6、ラ25、……サ18みたいに」
「1から順に数字でもなく、Aから順にアルファベットでもないのね」

「ここの観覧車はもう何十年も動かしているので、点検ではねられた順に新しいゴンドラに入れ替えているんです。だから順番じゃなくてロット番号。愛称みたいなものです」
「電車のキハ58みたいね」

 僕はなんだか喋り過ぎてしまったような気がしたが、彼女は真剣に相槌を打ってくれた。
 話すと別に日本語が片言なわけでもなく普通に会話ができた。
 けれど、彼女の透き通るようなブルーの瞳は、物語の中でしか知らない、どこか遠い外国の地を思い起こさせた。

「ここには最長で48日間になるわ」
 そう言うと彼女は、僕に会釈をして、観覧車の搭乗口に向かって歩いて行った。そしてキップを差し出し、一人で乗り込んでいったのだった。ちょうど到着したル24機に。

 僕は君が1周する15分の間ずっと、君の姿をぼんやり見ていた。目で追わなくても、銀色に光るそのゴンドラは、特別に輝いていた。

 彼女はその日から、一日一回ここにやって来て、一日一機の観覧車に乗った。晴れの日も雨が降っても。
 ノートに今まで乗ったロット番号を控えて、同じゴンドラに乗らないように注意を払ってから、今日も違う機に乗っていくんだ。

 5日目だったっけ。互いに名前を名乗り合ったのは。
 それまで、君はあまり喋らなかった。話すのがキライなのか、世間に何か憤りがあるのかはわからなかったけど。だから、急に名前を教えてくれたのが、とても嬉しかったのを覚えてる。

「私はサラ・ターナー。サラって呼んでくれていいわ」
 その言い方が、どこかの国のお姫様みたいだったので、僕は思わず
「どこからいらしたのですか」って聞いたんだ。
 そうしたらサラは、素っ気なく「個人情報」ってつぶやいて、そっぽを向いた。
「あ、ごめんね。イメージが北の国の王女様みたいだったから」
 ほんとだよ。その瞳は涼しい国を想像させる。見つめられるとドキっと固まってしまうような。

「君の名前は?」
「僕はソラ・カケル。空は天空の空で、カケルは飛翔の『翔』の字」
「翔<カケル>。いい名前ね」
 サラはそう言ってくれたけど、僕は僕の名前がすきじゃない。散々、「欠ける」と書かれて、バカにされてきたんだ。

 僕はどこかタリナイってこどもの頃から言われてたから、その方が合っていたのかもしれないけど、呼ばれるたびに自分がすり減るような気がした。
 消しゴムで消されるように。消しかすのように。


続 > 



*全4話の8000字くらいの短編です。
 以前カクヨムに掲載していたものをリメイクしています。
 観覧車についての記述は、作者の憶測となります。


いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。