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Return to Sender vol.12 | Juhla

誰もが一度は、洋服やインテリアのコーディネートに取り入れたことがあるストライプ。シンプルですが、太さやカラーリング次第で無限に世界が広がります。
エディターのミズモトアキラさんとMustakivi・黒川による連載Return to Sender。今回のテーマは、石本藤雄さんがマリメッコ社で手がけたストライプデザイン「Juhla(ユフラ)」です。シリーズの中には黒と白のカラーリングがありますが、ミズモトさんの文章の中にある、日本人にとっての「黒」の意味の変化を知ると、このデザインがまた違った印象に見えてくるのではないでしょうか。
後半は、黒川による石本さんのストライプデザインの解説です。制約があるからこそ、その中で生まれるデザイン、その面白さに触れてみてください。


Juhla

Text by Akira Mizumoto


日本各地の寺社や仏閣を巡っていると、紅白幕だけでなく、青白縞(浅黄幕)や、紫白、五色、市松模様など、さまざまな種類の幕を目にします。

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昨年来、巷にあふれている緑と黒の市松模様もそうですが、いわゆる和柄というか、日本の伝統的な文様には、縞や格子状に配置された幾何学的な図柄が、途切れなく繰り返していくパターンが多いですよね。

農耕をベースに社会システムを構築してきた日本人ですから、DNAの根底にあるのは瞬間的な成功ではなく、持続的かつ継続的な繁栄であり、それゆえ古来からこういう幕が祭り事に好んで用いられてきた……というのが真相ではないでしょうか。

石本さんがデザインした「Juhla(祭り)」も、黒白の縦縞ボーダーを基本にしています。この図柄が幕状になった途端、いわゆるお葬式のような弔事を大半の日本人は反射的に想像してしまうと思います。

黒白2色の縦縞模様の幕は、俗に鯨幕(くじらまく)といい、鯨の背中側が黒、おなか側が白いことにちなんでこういう呼び名が付きました。

もともと日本では黒は高貴な色とされ、同じく神聖な色=白と組み合わされた図案である鯨幕は、皇室が執り行う慶事や、出雲大社や伏見稲荷神社で行われる神事にも幅広く使用されています。

婚礼の際に着る白無垢の着物、結婚式の白いタキシードなど、今でこそ白は慶事の象徴のように捉えられていますが、ご遺体にまとわせる白装束のように、日本における弔事の象徴こそが白でした。死ぬことで真っ白な状態にリセットされ、涅槃に旅立つ───という死生観が反映されていたからでしょう。それゆえ大正初期まで、葬儀は白い喪服が一般的だったといいます。

では、黒に弔いのイメージがついたのはいつか?

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実は明治の開国以来のことで、日本人が西洋文化の影響を大きく受けた結果なのです。あらゆる様式を西洋化し、海外の列強国と肩を並べようと躍起になっていた当時の日本。ヨーロッパ式の儀礼や軍服、礼服などを取り入れていくなか、まず皇族、貴族階級、政治家たちの喪服が黒のモーニングになり、やがてそれが大衆の生活文化に下りてきて、一般的な葬儀でも黒の喪服、また鯨幕が選ばれるようになったのです。

つまり多くの日本人にとって、少なくとも約千年くらいは、どちらかといえばポジティヴなイメージだった黒が、百年くらい前にガラッと見方が逆転し、しかもあっさり根付いてしまった……というわけです。こういう部分の日本人の変わり身の速さ、こだわらなさというのはいい意味でも悪い意味でも凄いなあ、と思います。

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と、ここで話は少し変わりますが、日本でも一世を風靡したアメリカのドラマ『ツイン・ピークス』に、赤い部屋(Red Room)という場所が登場します。

この赤い部屋には事件によって死んだはずの女性=ローラ・パーマー、さまざまな導き手(踊る小人、巨人、白馬)、ローラの死の真相を追っているFBI捜査官のデイル・クーパーまでも出入りし、ここで行われる会話はすべて逆回転で再生されます。

『ツイン・ピークス』の創造主であるデヴィッド・リンチやマーク・フロストも、この赤い部屋がどういう場所か、ということを明確に説明していないため、長年、ファンや批評家たちのあいだで議論の的になってきました。

「ツイン・ピークス」に出てくる「赤い部屋」が何なのか───みんなは知りたがりますが、わたし自身も正確にはよくわからないんです。このアイディアを思いついたのはいつかということはよく覚えているのですが、これが何かということは説明できません。わたしはかつて「イレイザーヘッド」で同じような床のパターンをかつて使いました。あとは純粋に想像力の産物です。赤いカーテン、様式化されたレイアウト、踊る小人……これらがいったいどういう意味なのか、ということをわたしは論理的に語れないのです。なぜなら直感というのは論理的ではないからです。いずれにしろ、わたしにとって現実とファンタジーは明確に区別できません。これらが何か、ということをいつか理解できた時には自分でもさぞかし驚くでしょうね。(デヴィッド・リンチ)


だからこれはあくまで解釈のひとつなのですが───赤い部屋は、善なる世界(ドラマではホワイトロッジと呼ばれています)と、悪の世界(同様にブラックロッジと呼ばれています)を繋ぐ待機所/面会場所のような空間になっていると思われます。

しかしながら、ホワイトロッジとブラックロッジはそれぞれ独立した、別個の世界ではありません。赤い部屋に入室した人物が悪の性質を帯びていれば、繋がっている世界はブラックロッジとなり、善的な性質を持った人物であれば、ホワイトロッジになる。

つまり、ジョン・ミルトンが書いた『失楽園』に出てくる───The mind is its own place, and in itself can make a heaven of hell, a hell of heaven(意識とはそれ自身がひとつの独自の世界であり、地獄が天国となり、天国が地獄へと変わりうるものなのだに通ずるような場所だ、とぼくは理解しています。

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この赤い部屋に張ってある床材は、ご覧のように黒と白の縞々が波目状になった鯨幕のようなデザインです。奥にある厚いカーテンをめくった先も、この床面は延々と広がっています。

生と死、幸と不幸、慶事も弔事も、人間にとって表裏一体で分かちがたく、どれもひとつの《祭り》であり、吉兆どちらの意味に変じたとしても根本的には同じ世界なのかもしれませんね。

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ちなみにこれはニトリで売っていた赤い部屋の床風スリッパ。店頭で見つけた時はおもわず声が出ました。残念ながら、現在は廃盤。まわりまわって、ぼくは今、トイレで使用しています。


───と、いったわけでこの連載もスタートから今回で丸一年が経ちました。黒川さんが書いているタメになる《あとがき》に比べて、ぼくはほんとうに好き勝手ばかり書いてきたように思います。

しかし、『失楽園』のミルトンはこんなことも言っています。

Give me the liberty to know, to utter, and to argue freely according to conscience, above all liberties.(いかなる自由にもまして、良心の命じるままに知り、語り、論ずることのできる自由をわれに与えたまえ)”

どっちの記事が役に立って、どっちが役に立たないかはあなた次第。読者のみなさん、これからも黒川さんの《あとがき》共々、よろしくおねがいします(笑)。


あとがき:

Text by Eisaku Kurokawa (Mustakivi)

ミズモトさんとの連載企画・第12弾のテーマは、石本藤雄さんによって1998年にデザインされ、マリメッコ社からリリースされた《ユフラ》(Juhla/祭)
確認できているカラーバリエーションは6種ほどで、確かな記録は見つけられなかった。

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タイトルを“祭”とされたのは、日本のお祭りに掛かる太い筋の縦縞“紅白幕”を連想される柄だったからと石本さんから伺った。石本さんの和の美意識と北欧的なカラフルなカラーリングが合わさり、きっとフィンランド本国の人達にも別の意味での “お祭り”や“お祝い”といった連想に繋がり、“今年の夏は、サマーハウスでこの黄色のストライプをテーブルクロスに使おう”ってな感じで、愛されてきたのだと思う。

たかが“ストライプ”。されど“ストライプ”。私的には、この8cmの太い筋で構成された《ユフラ》は、とても石本さん的、だと感じる。シンプルなのに、どこか石本さん的……。 カラーリングの影響も大きいと思うが、シンプルな柄に“らしさ”を宿らせる力が石本さんにはあると感じている。

その要因は、何なのか? 無意識でつくられている“石本モジュール”的なロジックがあるのか?

答えは見つかっていないし、ロジックなんて無いところが肝なのだと思うけど、少し整理したくなった心境なので、石本さんのマリメッコで手掛けられた歴代の“ストライプ”柄について、少しまとめておきたいと思う。

ストライプ柄のデザインは、3種ある。

最初のデザインは、1981年の《ウヨ》(Ujo/恥ずかしい)

vol.9で紹介した1981年の《カイホ》(Kaiho/望郷)と同じ「感情(気分)」をテーマにしたコレクションの一つ。直線ではなく、自ら描かれた揺らぎのある1cm幅で構成されている。定番のストライプ柄をリリースするのは“恥ずかしい”=手が震えて線が揺らいでいる...といった石本さんの遊び心を反映させた微笑ましいタイトルがつけられている。

2番目にリリースされた“ストライプ”は、4cm幅で構成される 《コルシ》(Korsi/ストロー)。1989年のデザイン。Korsiは直訳では“茎”という意味であり、ストライプの筋を茎に見立てたことから付けられた名前。面白いのは日本語のタイトルは、茎ではなくストローであるところ。昔、空洞である大麦などの茎をストローとして使っていた記憶から、ストローと名づけたと聞いた。

そして、3番目のストライプが、今回のテーマとなった《ユフラ》(Juhla/祭)。1998年のデザイン。8cm幅の筋で構成されている。

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ストライプの筋の1cm幅、4cm幅、8cm幅。それぞれ「マリメッコの生地幅で均等に割り切れる」という理由があったという話も今回初めて聞かせて貰った。

マリメッコの生地幅はミミを除くと144cmの幅の中でデザインするというルールがあったようで、軽い口調で「マリメッコの144cmという幅は、意外と図柄をレイアウトしやすかった」と伺った。4cm幅なら144に対して36筋。8cm幅なら18筋といった具合だ。

考えてみると、マリメッコの144cm幅という幅自体が、ひとつの“らしさ”を醸し出すモジュールなのだと思う。130~150cm程度の生地幅ははマリメッコ以外の生地でも存在する規格だが、ロゴにタイトルと作者の名前、制作年、素材などの情報が印字されたミミ+144cmの幅に対してデザインが展開しているといった独自の“型”がブランドの印象を作っている重要な要素なのだろう。

生地幅に対して均等に、という発想は合理的でもあるし、石本さんがテキスタイルデザインの発想の起点、醍醐味とされてきた「リピート」を成立させるものだから、そうされたのだと思う。

「リピートによって生まれる無限性を表現することが石本さんのテキスタイルの夢の一つなのだ」『石本藤雄の布と陶』(パイ インターナショナル) より


たかがストライプ。されどストライプ。

日本の伝統的な文様を北欧デザインと融合された人物とも評される石本さんのデザインは、時代を超えて愛されていくと思う

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以上、《ユフラ》(Juhla/祭)のご紹介でした。
来月の「Return to Sender」もお楽しみに。ミズモトさん、来月も宜しくお願いします。今月も最後までお読みいただきありがとうございました。



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