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先達と神の話。

友人との時間を思い返すと、私にとってのそれは「神」というものが何なのかという学びの時間だったように思う。

神という言葉は多義語だ。人によってそこから連想する中身が異なるので、この言葉を使う時は慎重にしていたいのだけれど、それ以外にどう表現したらいいのかわからないので、今のところ便宜上「神」と表現することにする。私の文章の中だけでも「神」という言葉はさまざまな意味を含んでいる。それを出来るだけ丁寧に書き留めていきたいと思う。

「神」にもいろいろあるけれど、宇宙の一般常識的には基本的にそれは支配者ではない。神=支配者という認識は地球だけの特殊な定義づけだ。地球は長い間鎖国している状態なので、その鎖国している間の支配者を神だと誤認しているに過ぎない。本来、神とはそういうものではないのだけれど。そもそも支配する・される、上下関係、優劣などの二元では本来ない。もちろん「神」という役割を持っている存在はいるのだけど、それは上位の存在だという意味ではない。相手がどのような存在であっても存在としては対等なのだ。それは、宇宙での常識中の常識。相手が上で自分は下だとか、自分より未熟な者を見下すとかそういう視点は奴隷の世界だけの話なので、もし自分の中にそういう成分が見つかったら捻り潰して壊して消してください。

これは、自分と相手が進化の過程のどの地点にいるのかという「違い」があるというだけで、それに優劣はないという意味だ。わかりやすいから数値化するけど、進化の過程のレベル5にいるあなたと、進化の過程のレベル50にいる相手とではそもそも意識や感覚や感性や視点が異なるのは当然のこと。レベル5の自分からすると、レベル50の相手の言うことはちょっと意味がわからないこともあるだろうけど、それはレベルに開きがあるからであって、あなたが劣っていると言うことではない。見えている世界の差異を優劣で計ってしまいがちだけれど、そういうことではない。あなただってレベル6にもなるし10にもなるし、やがては50になる時だって来るのだ。今はその道の途中に居るだけで、いつかは到達するその先を歩いている人たち。先達というだけだ。それを自分が劣っていると勘違いして出る杭に対して噛みついて引き千切ろうとする愚かさを、地上では繰り返してきた。競争があり、優劣があり、少しでも自分が上に行き勝ち取りたい…そういう虚しいレースを繰り返してきた名残だ。優劣や競争の最中で戦いに身を投じてきた奴隷時代の名残だ。

その先達というのは、地上にもいるだろうし、地球外にももちろんたくさん存在する。その中で、地球人類に叡智をもたらし、教育を担ってきた存在もいる。彼らは人型であれば「宇宙人」と呼ぶのが適切だろうか。その宇宙存在たちのことを「神」として祀っている神社もあるし、その叡智を伝達するシステムとして神社という場所は機能していたりする。そういう場所ならば、そこの神は宇宙人のことだということになろうか。だけど全ての神社がそうかというとそうではない。

そうやって進化を促す、その一端を担う存在というのはいる。彼らにとってもそれは自分たちの進化の機会でもあるのだ。だから一方的にどちらかだけが受け取っているのではなく、ギフトとレシーブが同時に起こっている。その関係が対等な関係なのだ。


ちょっと取り留めないけれど、今回はここまで。



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