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占いって何なのか。考えてみる。

占いって何なのかなって話。 
Barに行った時や人に会った時に「占いやってます」というと、割と高確率で「占いって何なの?」と聞かれる。

実は「占い」って一括りに出来ないくらいたくさんのジャンルがあるから、「これが占いです」とは一概に言えない。よくあるイメージとして、水晶玉覗いてるみたいなのあるけど、あんなことはしないし、実際にしている人を私は見たことがない。笑


一概には言えないけど、私が占いだと思ってる行為と、それがどう使えるのかって話は出来るかなと思うので書きながら整理していきたいと思う。



すごくシンプルに言うと、占いって「問いかける」ことなんだと思ってる。
自問自答という部分もあるし、あるいは天に、内なる自分に、あるいは神に、精霊に。正解・不正解を問うのではなく。「これから自分のすることは、天 ※ の意志に沿うだろうか?」という問いを投げかけることなんじゃないかと思う。

※神、内なる自分、精霊、言い方は色々あるけど、日本語だと「天」が近いように思う。

天とか神とか言うと混乱する場合は、 「自分のしようとしていることは、自分自身に対して誠実だろうか?」という風にも言い換えられると思う。要はそのように問いを放つこと、そして、それらの答えを何らかの形で受けとることが「占い」なのだと思っている。

形にはたくさんの種類があるけど、私が使っているものはタロットカードや数字。問いを投げかけてカードを引き、出たカードの意味を読み解く。あるいは数字からデータを引き出して読み説く。


今のあなたの状態はこのような状態で、これを選ぶとこのような展開があるでしょう。
別のものを選択したらどんな風になる?
あるいは他の可能性は?

そうやって様々な可能性を探っていくことが出来るんじゃないか。あるいは現状の自分を肯定していくことが出来るんじゃないか。様々なことが起こる日常の中で、どのように自分自身を見つめていくか。という行為が占いの文脈の中で可能なのではないかと思っている。

そのように考えると、特に何にも困ってることはないけれど…という時にも何らかのメッセージを貰うことは出来るし、
何か知りたいことがある時にヒントやアドバイスを得ることも出来る。割と身近で便利なツールなんじゃないかなと思う。


世の中には、成功法則やノウハウやテクニックが溢れかえっているし、選択肢は無限にあるはずなんだけど、なんだか息苦しい。そんな閉塞感から抜けてみるためにも。

日常の片隅に、そんな風に「自分自身」にそっと触れる時間があったっていいんじゃないかな?

そんな風に思う。

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だから、もちろん占いを活用して欲しいし、来た人には楽しんでほしいと思うけど、
その人が自分で問いかけながら人生を選択し、創造して歩いていけるなら、自分の選択に自信を持って選べるならば、占いはなくても大丈夫になるのかも知れないな、とも思う。


そんな感じで占いをしているので、もし気になった方はどうぞ。

●占いをしています







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