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負の連鎖は正の連鎖ほど、その連なりに意味はない。 【5/31横浜戦⚫️】

「まあこういう日もある」とか「精神的にきつかったけどまあ…こういう試合もあるわな…」とか「今日は勝てたのに!…まあよくあるけど」みたいな試合がたまたま十数回も続いてる感じがする。そりゃまあ続くと辛いし悪いとこ探しみたいにはなると思うけど、一つの負けと開き直るしかないよな、とも思う。

まあでも、「連敗」というのはそもそもそういうものなのかもしれない。本当は単に「いつもの一敗」が重なりあっただけなのだけれど、そのつながりについ「意味」を見出そうとしてしまう。そこには本当はない「答え」を、誰も知らない「答え」を、見つけたくなってしまう。

そして小川さんは言う。「(神社と仏壇の)両方にお願いしたからまずかったのかな・・・」

・・・・・・・全然まずくないから!!!!小川さん気を確かに!!!!

と、私は朝刊を読みながら思わず叫けぶ。いやもう冷静に考えれば絶対そんなことないのにそう思えちゃうくらい追い詰められた小川さんを思いただひたすらに胸を痛めながら。もうヤクルト山ほど差し入れたい。いやヤクルトなんてもう見たくもないだろうか。

もちろん、十数連敗の全てが「たまたま」で、そこに意味が皆無であることはないと思う。物事は基本的に有機的につながりあっているし、形而上よりも物理的に目に見えるものの方がもちろん意味は見出しやすいし納得だってしやすい。でもそれでも、まあ、「たまたま」の要素だってそこには多分にあるのでは、とは思う。

その時に大切なのは、目の前に見える物事そのままに、あまり振り回されないことなのかもしれない。そこにあるのはまあ連敗で、上がらない打率と下がらない防御率かもしれないけれども(いやそれはまあ困りはするのだけれど)、その「連なり」ばかりに気を取られていても、多分、見えてくるものはそんなに多くはない。

今日の負けは今日の負けで、昨日の負けは昨日の負けだ。一つ一つの負けの重なりだ。思うのだけれど、負の連鎖には、正の連鎖ほど、その連なりに意味はない。それはずっと連なっていて、この先も連なるように見えるかもしれないけれども、でもそんなことは決してない。ただの重なりに、意味を求める必要なんかきっとない。というか、どんなことだって、負の連なりに意味を求めるのは苦しいではないか。

今日は今日。明日は明日。開き直ってやっていくしかない。じたばたしすぎず、目の前の連なりにあまり振り回されず。勝つ時も、負ける時も、腕を組みじっと前を見据える小川さんのその姿を、ここまできたらとことん貫いてほしい。私だってここで、勝つ時も、負ける時も、変わらず静かにビールを飲んで応援するから。

人生にだってじっと静かに耐えるべき時はある。それは誰しも必ずやってくる。大丈夫、それは必ず乗り越えられる波だから。

そういうわけで皆さんも一緒に、人類の起源と宇宙の創造について思いを巡らせましょうアーメン。

(そろそろ勝ちますように!)



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ライティング・編集・プランニングなど。書く/伝える。 シーズン中はほぼ神宮にいます。観戦記を毎日アップしています。 平日(ほぼ)毎日走っています。 最近サウナに入り浸っています。
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