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【能は眠くなってからが美しい!? 佐々木多門先生に聞く能の魅力・新作能「親鸞」の見どころ】

みなさんこんにちは!学生広報チームの金川です。
今回も引き続き、能についての取材をしてきました。取材を受けて下さったのは、能楽師の佐々木 多門(ささき たもん)先生です。多門先生は、能の最前線で活躍されています。

6月29日、本学の100周年記念プロジェクトの一環として、発祥の地でもある築地本願寺で新作能「親鸞」が上演される予定です。多門先生はその公演でシテ(主役の立ち位置)として舞われるということで、親鸞や能の魅力、多門先生ご自身についても色々聞いてみました。また今回は本学文学部の岩城 賢太郎(いわぎ けんたろう) 准教授も同席されました。岩城先生は日本の古典芸能や古典文学を中心に研究されています。


今回の記事を読む前に、前回僕が参加した土岐善麿記念講座の記事を読んでいただけると、より面白いと思うのでぜひ読んでみてください!

【大学生も日本の魅力を再認識できた!】世界最古のオーケストラと能の奥深さ
前編:https://note.com/musashino_univ/n/nc51de02bb450
後編:https://note.com/musashino_univ/n/n78d1d9b9b9ee


■プロフィール / 本学のとの関わり

佐々木 多門 (ささき たもん) 先生
役:シテ方 流儀:喜多流

佐々木 多門先生は無形文化財の保持者であり、現在も最前線で活躍されている能楽師です。岩手県の平泉町に位置する国宝にも指定されている、あの金色堂の中尊寺が佐々木家のご実家で、お父様の影響で能を始められたそうです。
 
本学の客員教授でもあり、現在は休部中ですが20年ほど前から“武蔵野大学 能楽研究部”の顧問も務めています。本学との関わりについて詳しくお話すると、元々、喜多流15世宗家の喜多 実(きた みのる)先生が能楽研究部の顧問を務めていました。それを多門先生のお師匠である塩津 哲生(しおつ あきお)先生が受け継ぎ、さらに多門先生が受け継いで現在に至るとのことです。喜多先生は本学のかつての文学部教授、土岐 善麿の師でもあり、武蔵野大学と喜多流は昔から能楽での関わりが非常に深いのだそうです。


■3歳から立つ能の舞台

まず、能との出会いについて、伺いました。
多門先生の初舞台は、なんと3歳だそうです。かなり幼い頃からすでに能との深い関係を持っていた多門先生。実家がお寺、お父様も能楽師だということですが、お父様は決して多門さんに能楽師になることを強制していなかったそうです。しかし、多門先生は子どもながらの感性で能の魅力を感じ、またお父様の存在、幼い頃からの能との関係が自信となり、能楽師の道へと歩まれたそうです。
 
それでも能楽師を目指す道は簡単ではありませんでした。稽古が厳しくなったり、声変わりにも悩まされ、高校生、大学生になるにつれ「自分には向いていないのでは?」と考えることもあったそう。でもそんなとき師匠の塩津先生や、喜多流の周りの先輩方が支えとなり、だんだんとのめり込んでいったそうです。
能というものの解像度があがるにつれ、周囲の人や自身が生まれた環境に、ありがたさや縁のつながりを感じたとおっしゃっていました。


■多門先生を支える二人の良きライバル

そんな多門先生を支える存在として、現在も大きな影響を受けている方が二人いるそうです。一人は大島 輝久(おおしま てるひさ)さん。大島さんは多門先生と同じ塩津先生に師事されています。もう一人が友枝 真也(ともえだ しんや)さん。大島さんと友枝さんも初舞台はなんと3歳からだそうです。お二方とも、シテ方で流儀は喜多流です。多門先生含め、お三方は「燦ノ会」(さんのかい)という団体を立ち上げ、各地へ公演や、能を楽しむための講座などを開いてきました。
 
多門先生にとって、このお二方との関係は特別なものだそうです。お互いが信頼し合い、日々試行錯誤やそれぞれの経験を基にした情報の共有をし合う、けれどもお互いにライバル意識を持つ、そんな関係だと話されていました。「3人とも違う考えを持っている。だからこそ良い関係性なんじゃないのかな。この3人だからこそ、自信が湧いたり、できることがある。」と多門先生は話します。


■転換期の大学生時代

続いて、多門先生の大学時代の様子も伺いました。
早稲田大学の教育学部、国語国文学科で学ばれていたそうです。友人とカラオケに行き、楽しむこともあったそうですが、一人で考えたり行動することが好きだったといいます。それがかえって強みになり、舞台上の準備や下作業など、基本一人でこなすことができたそうです。
 
また、大学時代は喜多流の転換期もあり大変だったと振り返られていました。ちょうど世代が変わり、稽古の仕方や業界のシステムを改める時期で、指導してくれる人もおらず、これからどうするべきか非常に悩まれたそうです。
しかし、その時期に様々な演劇や音楽、映画を鑑賞し、多様な文化を吸収して能に対する見方や理解の考えを深めることができたと言います。多門先生にとってこの時期はとてもいい経験になり、成長のきっかけにもなったそうです。

取材の様子

■紡ぎ続けてきた能「催眠状態」での美しさ

多門先生に能の魅力についても聞いてみました。能の魅力はやはり、他の古典芸能よりも「古い」というところにあるそうです。正確には「断絶しないで続いている長さ」という点で、現代の能の仮面劇の様式が確立したのは歌舞伎よりも約300年早く(歌舞伎は約1600年頃から)、古典中の古典だそうです。それだけ昔の人たちも価値を見出し、次の世代へと紡いできたこの「能」という芸能・技術に美しさを見出す楽しさがあると言います。
 
そんな能には、少し特殊な楽しみ方もあるそうです。その楽しみ方とは「催眠状態」にあるらしいです。

「能は究極的に、催眠状態にある美しさを求めています。昔の人々は現実と夢が融合しているところに美しさ、楽しさを発見していました。
能は仮面劇であり、仮面を活かすために我々は細かい所作や姿勢、発声に気を使います。ですが、能は”視聴する演劇”ではありません。要するに、仮面を被るのでリアリティを売りにしていないのです。しかし、だからこそリアルが見えていきます。他を排除し、自身の中で風景を想像することで、人間の本質みたいなものがみえてくるんです。ですので、最終的には、能を観ているうちに眠くなってくるのも良い状態です。」

催眠状態時に想像を作るためのポイントとなるのが、「謡い(うたい)」だそうです。「謡い」をすべて聞き取ろうとしても、主語が無いポエムの様なものなので完全には分かりません。そこで詩の中のキーワードをいくつか聞き出し、自分の想像と重ねあわせて雰囲気を作るそうです。

囃子(はやし)と呼ばれる笛や太鼓の音、「イヨォ~」「ホォ~」といった掛け声も、雰囲気を作るためにあるそうです。それが自然に見えることができたらしめたものだと、多門先生は話されていました。


■原動力の中にある“伝える”ということ

多門先生に能楽師としての原動力をお尋ねしたところ、一つには、若い世代へと能や古典の面白さを伝え、能の文化を引き継ぐことがあるそうです。

「我々は職人でもあり、表現者でもあるので、まずは能が受け入れられないと意味がないです。しかし、こちらばかり熱くなりすぎても相手がついていけないので、難しいです。でもまずは一度能に触れてみて、分からなくても、なにが合わなかったのかを自分なりに考えてみてほしいと思います。そして、初めて能を観る人には表現の部分やストーリー、見た目など広い意味で“驚き”を持ってほしいです。内容の細かい部分は置いておいて、目の前にあるものをそのまま体験してほしいですね。あらすじをちょっと知っておくと、より楽しめると思います。」

そう話す多門先生は昔から、色々な人に能を教えるための活動をしているといいます。品川区と提携し子どもたちを集めて教室を開いたり、学校や体育館で舞を披露したりするそうですが、小さい子だと泣き出してしまう子もいるようです。
それでも魅力を伝えようと、興味を持たせようと試行錯誤し、特に自分が能を好きになったきっかけなどを中心に、丁寧に熱量を持ってお話しするそうです。


■「親鸞」を楽しむために

そんな多門先生ですが、武蔵野大学の創立100周年を記念し、築地本願寺で土岐 善麿の新作能「親鸞」の上演が6月に予定されています。そこで多門先生はシテとして舞われる予定です。「親鸞」の注目してほしいポイントを聞いてみました。

「この場面! というよりも、全体を通して土岐先生が何を伝えたかったのか、また親鸞とその妻・恵信尼(えしんに)との関係の尊さ、浄土真宗の考えをくみ取ると楽しめるでしょう。私が舞う時は、最初はお客さんが舞だけに集中する舞をしたいです。それがだんだん終わりに近づくにつれ、周りの景色が見えてくる。そして最後に、本堂のご本尊様が見えてくる、というような。最初の舞台と、演者が去った最後の舞台の雰囲気も見どころです。」

「親鸞」は過去に喜多 実先生しか舞っていないそうで、資料が非常に少ないそうです。そこで武蔵野大学にある資料(本学には土岐先生の御令孫から寄託された新作能関係資料が所蔵されています)で調べたり、これからも色々な人を訪ねて「親鸞」の研究をしていきたいとのことです。

本学にある新作能の資料の数々

■能のこれから

最後に、これからの能の在り方や、多門先生の目標をお尋ねしました。

「能の表現者として、こんなに面白い表現の仕方があるだろうか! という様な、表現を探求して行きたいですね。場面を移動する時や、もう一方の役に寄る際に普通10足で表現するものを、あえて1足で表現する、というような。他にも、私は過去に仮面が生きているのを見たんです。木彫りの面が、生の表情よりも深いものがありました。そのようなリアルを超える表現を追い求めて、より深い表現の仕方を研究していきたいです。「親鸞」を築地本願寺で舞いますが、今回、仮設される能舞台は客席側が低く平面で、柱もたくさんあるので、なんとか上手く工夫したいですね。」

しかし、それらの能の舞台を観てくれる人がいないと意味が無いといいます。後世に伝えるためにも多くの人々に観てもらうことが目標だそうです。現在は外国や若い世代などにも少しずつ広まっている様ですが、だからこそ能を本格化させていかなければならない、と多門先生は話します。新しくもありこれぞ能だ、というものを残していきたいそうです。


■取材を終えて

3月に行われた記念講座から、僕は初めて能というものに触れてきましたが、噛めば噛むほど味が出るような、そんな面白さがひしひしと伝わってくるようになりました。やはり歴史あるものの重さ・奥深さを感じ、昔の人々が後の世代へと引き継がせる熱量や重圧さがそこにはありました。
今回の多門先生のお話を踏まえて観る「親鸞」はとても楽しみです。純粋に僕自身も、多門先生の「能が好きだ」という熱量に感化され、能や日本の古典芸能に興味が湧いてきました。

多門先生と岩城先生は、近い将来、新作能「親鸞」の上演を含めた公開講座を開催したいと相談されているそうですので、講座が開催される時には、興味のある方は是非、「親鸞」を観に行ってみてください。

左から:岩城先生、多門先生 、 金川


※肩書は取材当時(2024年4月)のものです

経営学部 2年生 金川 心


【学生広報チームについて】
学生広報チームは2023年9月に活動を開始しました。創立100周年事業プロジェクトの取材を行い、武蔵野大学だけでなく、学校法人武蔵野大学の中学校や高等学校の学生や地域の方々にも武蔵野大学や100周年事業の魅力を発信できるように今後も活動していきます。

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