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Vol.104|完全なる自己一致へまっしぐら!


みなさんこんにちは!

声のメルマガ
服部みれいのすきにいわせてッ

編集部員の榎本かおりです。

5月第2回目の声のメルマガ
Vol.104が配信となりました!

今回も声のメルマガ自慢のスピード感で
みれいさんの声をお届けできますこと、
とてもうれしく感じています。

ゲストはみれいさんの高校時代の同級生
八ちゃんこと、
服部貴康さん。

神回きました……。


配信全体にみれいさんの
渾身の思いが貫かれています。

そのメッセージはうつくしいほど
明快でシンプルでわかりやすいです。

ゲストが高校時代の同級生の
八ちゃんだからこそ引き出されている、
みれいさんの中の「少女の気概」のような
ほとばしる何かにもご注目です。

最後のおたよりに至るまで、
作品と呼びたくなるほどの
流れもあります。

なにより、聴いていただく
リスナーさんおひとりおひとりの今このときに
具体的にお役立ていただける内容と感じています。

ぜひおたのしみください!

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おとくな1年パック】バックナンバーももちろん届きます!

1か月パック5月】激動の時代のおともに!

八ちゃんが共有してくれたのは

現在、そしてこれからの仕事のことと
ご高齢のお母さまのこと。

お話はとても具体的で、
詳細は違えど、今、たくさんの方に
重なる内容ではないでしょうか。

先行きが見えづらい現在の社会状況と
自分の目の前の問題に
不安を感じている方は
とても多いことと思いますが、

今は誰にとっても、
人生をかけての局面なのかと思います。

それぞれに腹をくくる必要がある。
(なにかを変えるにしても、続けるにしても)

ここで自分をごまかすことだけは
どうしてもできないのだということ。
みれいさんが、八ちゃんが、ちょも山さんが
臨場感たっぷりに伝えてくれるような今回の配信。
(これからは自分をごまかしたまま進むと、
さらに自分でいられない展開にしかならなく
なってしまうからです……)

この状況を世界中で共有しているということが、
本当にすごいことと感じます。

見たこともないような
夜明けを前にしているような
興奮がある一方で、

今が社会にとっても個人にとっても
大きな転換期とわかっていながら、

自分がなにも変わっていないようで
焦りを感じている方も
もしかしたらいるかもしれません。

今回の配信では、
長年のみれいさんの読者さんからの
すばらしいお便りを紹介させていただきました。

自分の「鬼」に対峙している
すべてのリスナーさんに
このブログでもお便りを
ぜひ共有させていただきたいです。

みれいさま

101回目の声のメルマガ拝聴しました。
みれいさんの言葉がうれしくて涙が出ました。
わたしの気持ちの真ん中をすくい上げでもらってさらに癒え、
言葉全てがご褒美のようでした。

それは1言って10理解されたような喜びであり、
みれいさんと出会った多くの方々がこうやって癒されたことを感じます。

声のメルマガで読んでいただいた後、
わたしの体感した鬼について
お伝えしなければと瞬間的に思い書き始めたものの、
これにエゴや慢心が混じっていないかなどなど
自問していたら少し時間がかかってしまいました。
そしてどうであれ、やっぱりお伝えしたいと思いました。

ーーーー

わたしの中の鬼について書きます。
あくまでわたしの体感です。
それには親問題や自分を取り戻していく過程から
吹き出したもの全てが入り混じっています。

わたしは3年程前のあるコースをきっかけに地獄の蓋が開いてしまい、
それから人生に負けつづけ、底なし沼に転がり落ち続けました。

手放すというより、勝手に手からこぼれ落ち、
抵抗する力さえなく流されるしかなかったとも言えます。
どこまで落ち続けるのか底の見えない沼に絶望しながら、
どこか楽になっていく自分も感じていました。
随分、人でなしの自分を認めてきたつもりでしたが、
わたしの鬼は想像以上に根深かく、
怒り、執着、恐れ、孤独、利己などなど
腹の中のマグマに体がどうにかなってしまいそうと
思った時期があります。

切り離すことができるならしたかったけど、
わたしは全てを包みたいと思いました。
捨てた破片は時としてそのことを恨み反発するのではないか、
あっちだけ連れていって、どうしてわたしは連れていってくれないの?
 わたしはそんなにダメな子なの?と。

悲しさは積もり積もって怒りになり恨みとなる。

でもその忌み嫌う子を抱きしめる手があったなら
争いは起こらなかったのではないかと思います。
抱きしめる、包み込む、蹴られても、暴れても離れない。
そうしてある時、争いは終わっているのかもしれません。

どんな子だってわたし。
わたしはわたしを見放すことだけはもうできないと思います。
そして捨てたはずの破片は本当は思っているよりずっと優しい。
逆に包み込まれていたのは自分だったと今は思っています。

わたしはきっと鬼に守られていた。
自分の中に鬼がいてくれたからなんとか壊れずに
持ちこたえたんだと思います。

わたしの場合、それは少し大げさな例えに聞こえるかもしれませんが
まるで多重人格者の人格統合のようでした。
怒りとか暴力的な激しい担当みたいな一番やばい人格を
戻すようなイメージ。
今はそんな毒々しい自分もおもろいなと思っています。

わたしの誇りであり、個性であり、宝物です。
力が蘇るのが分かります。そしてどんどん口も悪くなってきました(笑)

きっと鬼の形は人それぞれ。
たまたまわたしの場合はそのようなタイプでした。
誰にでも闇があります。わたしはその闇がとても愛おしい。
それは苦しみながらも生き抜いてきた証であり、
その隠したいところにこそ、その人の個性や、
才能があふれている気がします。

鬼はパワーであり、根源であり、ただの愛です。
(わたしは愛という言葉の奥深さをどこまで理解しているか定かではなく、他の表現を探しましたが、今のわたしにはその言葉以外見つかりませんでした)

受け入れられた鬼は、その人をその人たらしめるただの魅力。
否定された鬼はすねて害になるのかもしれません。
存在を否定されることは何よりも辛いことだからです。

親でも鬼でも、たとえ分かり合うことはできなくても
ただそのままの存在を認めあうことができたら
もしかしたらそれは愛だったのかと思えるのかもしれません。

つねはしえみ
(名前、出してもらってもかまいません)

ーーーーーーーー

名前を出すことへの恐怖がありましたが、恥を晒してみてもいいかなと思いました。
もちろん読んでいただいても読まれなくてもどちらでもいいです。
わたしはこのメールを出したことでもう癒されました。

親愛なるみれいさんへ、心より愛を込めて✨

抽象的な表現だからこそ、胸に迫ってくるような
つねはしさんのすばらしい文章、
読んでいて涙が流れました。

つねはしさんは「3年程前のあるコースをきっかけに
地獄の蓋が開いてしまい、それから人生に負けつづけ、
底なし沼に転がり落ち続けました」
と書かれています。

3年……。
とても長い期間です。

底なし沼から自分を探し出して、
自分を無条件に抱きしめられるまで、

お便りにはおさまりきらないほどの
ご体験もあったことと思います。

「わたしはわたしを見放すことだけはもうできないと思います」
ということばも、とても印象的です。

自分をレスキューできるのは
自分しかいないのだということ、

何年かかってもその手を離さなければ
必ず光のもとに連れ出せるのだということ、

本当にこころ強い実感をいただくようでした。


つねはしさんは
こうも書かれています。

「わたしはきっと鬼に守られていた。
自分の中に鬼がいてくれたからなんとか壊れずに
持ちこたえたんだと思います」

わたしはセラピストのお仕事を通して
たくさんの方のお話しを聞く機会を
いただいてきたのですが、

自分を制限する領域を
「ブロック」とはあまり呼びたくないというか、
対立するものとして扱うことはいやでした。

それぞれに奥歯に8トンくらいの圧で
歯を食いしばって耐え抜いたことがある。

巨大なバックパックに
誰かの荷物まで入れて背負って、
両手にも荷物もって、
口に扇子くわえて、急須のっけて、
曲芸レベルで乗り越えてきたことがある。

その状態が自分の可能性を制限している
ことは確かですが、

それぞれにそうなってしまった原因がある。

(『鬼滅の刃』でいうと、鬼の回想シーンです)

その原因の多くは自分を形成する幼少期の
子どもたちの健気な誓いだということを思っても、

「8トンの圧でも砕けない奥歯をもつ自分」

「極重バックパック背負いながら、曲芸もできるわたし」

これは一度はほめてあげたい!
そして、自己統合して
いちばん癒やしてあげたい部分だよな、
って思うのです。

自己統合のためには
自分の「納得」が鍵だと思っています。

つねはしさんもきっと
3年前に受けられたコースで
何か自分が深く納得できるものを見つけられて
その自分の感覚を信じて、
3年間という長い期間を
根気強く進まれたのではないでしょうか?

その勇敢さと根気をみんなで
讃えたいきもちでいっぱいです。

問題と思えるなにかが
自分の前に居座りつづける状況が続くと
「このことさえなければ……」
「いったいどうして!?」
となってしまうものですが、

そのことを通して自分が納得したいなにかが
あるからずっと居座ってくれていたりする……

その出来事を通して、
また、その相手を通して、
自分が気づきたいことがきっとある。

「ここ変えたほうがいいよー」
という自分からのおしらせだったりも。

その問題を通して
自分がなにに気づくのか、
自分がどう行動するのかだけが
大切なのだと感じています。

主導権がまったく無いような状況でも
すべては自分のニーズがあって起こっていることなんだと
自分が認識することで主導権が自分にくる。
(外側に反応すればするほど、主導権が遠のく)

対他者であっても、
対社会であっても、
対ウイルスであっても、
同じことと
わたしは思っています。

今回の配信では、

みれいさん、
ちょも山さんが
すべてを失うような
どん底体験をしたときのお話を
それぞれに共有してくれました。

おふたりの胸がスカッとするほどクリアなお話は
ぜひ配信でおたのしみくださいね!

つねはしさん
みれいさん
ちょも山さんの
体験談に並べて語るのも……
というお話ではあるのですが、

そして大変長くなっておりますが、

わたしの体験談も
ぜひ共有させてください。

わたしもここ数年、ある出来事を通して
自分の本当の感情や
実は違和感のあったことに
どんどん気がついていきました。

自分の深い部分から
説明できないような感情が出てきて、

一時期は、
反応するようななにかを目にすると、
はじかれたように大泣きしてしまうこともありました。

いまいち説明しにくいことだったため
家族の前でいつでもそんなふうでいるわけにもいかず、
(確実に異変には気づいていましたが。
見守ってもらっていたかと思います……)

車の運転中などひとりの時間には、
やっと本当の自分を出せるような感じで、
たがが外れたように泣いていました。

つねはしさんのご体験では、
これほどの鬼の道を体験していることとは
他者に伝わりづらかったことも
とてもつらかったことかと思います。

つねはしさんとは並べて語れないのですが
わたしの話も何に苦しんでいるのか
あまり共感してもらえるものではないと感じています。

(わたしの場合は自分の反応がすごいだけで
実際大したことは起こっていないんです……)

ひとことで言うと
「過去世トラウマ」に
あたるものかとは思いますが、

今回の生ではその体験は
くり返されていません。

にもかかわらず、
その情報を引き出すような出来事が起こって、
ゴロゴロ床を転がって大泣きするほどの
感情が引き出されました。

深いところにしまい込んでいたけど
この先に進むには持って行けない感情だったのだと思います。

かれこれもう5年以上かかっていますが、

長くこじらせた理由は
わたしがこの出来事にやたら
意味づけしようとしてきたからかと思っています。

なぜか、誰に話してもわかってもらえる話にしないと!
と思ってしまっていた。

「その問題を通して
自分がなにに気づくのか
自分がどう行動するのかだけが大切」

上記に自分で書いたことですが、
わたしは完全に外向き対応だったのかと思います。

かたちがなくても、
名前がつけられなくても、

これはわたしにとって大切な
奥歯8トンからの解放のための出来事だったと
今は思えていて、

わたしはこういうふうにしか
「納得」できなかったのだと感じています。


ちなみに!

この出来事にめちゃめちゃ混乱していたころ、

夜な夜なみれいさんに
3メートルくらいありそうな
メールを送っていたものです……。

(別名『恥ずかしい自分になるメール』|笑)

みれいさんからのお返事に
どんなに支えられてきたことか。

つねはしえみさんに続いてわたしも
みれいさんへの尽きぬ感謝を
伝えたい者であります!!!

さてさて、
マーマーチャンネルに続いて
インスタライブなど

みれいさんのあたらしい発信が続いています。

みれいさんひとり語りのこのシリーズにはとくに
ありそうでなかったあたらしいはじまりを感じています!
(同時にある到達でもあるような……)


みれいサロンでのみれいさんのブログも
配信毎におたのしみいただけます。


リスナーさんの声を届けていたくこと、
わたしたちスタッフにとってもごほうびです!

みれいサロンのコメント欄へも
ぜひお気軽にご参加くださいね。

メールでのお便り、ご感想は
こちらでおまちしております。
koeno☆murmurmagazine.com
(☆を@に変えてださいね)

声のメルマガ次回の配信は
5月27日(水)です。

どうぞおたのしみに!


<今週のピンポイントでここが聴きどころ>

高校の同級生の八ちゃんとみれいさんのやりとり。
お互いを前にしてたぶんおふたりとも
高校時代のままの自分が出ていたのかな?と。

高校時代のみれいさんもきっと
必要とあらばいつでもあの熱量で議論をもちかけて、
八ちゃんはゆったりとそれを受け止めてから、
社会派マクロの目線で返答していたのかなあとか、
当時を想像して、なんだかキュンとなりました。

(ちなみに同学年のわたくしは同じ頃北海道で
超絶ボーッとした不思議ちゃんをやっていました……)


◎この回のトピックスはこちらでご覧いただけます

◎ご試聴はこちらからどうぞ!

(声のメルマガ編集部 榎本かおり)

サポートしていただきありがとうございます! よい循環のために使わせていただけたらと思っています!