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【今日のnote】「ひとり芝居」という世界観と、創作者の孤独、その先にある希望。


 どうも、狭井悠です。

 毎日更新、89日目。


 自宅兼事務所のある三重県に、巨大な台風がやってきています。何事もなく過ぎれば良いのだけれど、とても心配。とりあえず、東京から様子を見守っているところです。


 さて、今日のコラムは、「ひとり芝居」を観に行った感想を、じっくり書きたいと思います。

 先日、お友達の芸人さん、長谷川恒希くんの単独公演を、新中野ワニズホールに観に行きました。


 長谷川恒希くんとは、六本木のバー「A(仮名)」で知り合いました。

 ちなみに「A」は、僕にとって、東京にある故郷のような大事な場所なんです。(※紹介制のバーなので、名前は伏せています)

 気づけばもう、恒希くんと出会ってから4〜5年くらい経つのかなあ。早いもんだなあ。


 恒希くんは当時、モノマネ芸人としてキャリアをスタートさせました。

 石橋貴明さんや松岡修造さんのモノマネをするこにわさんのモノマネ相方として、舞台に立ったのが始まりだと記憶しています。

 とんねるずさんの番組、「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で大活躍しており、その勇姿はyoutubeなどでチェックすることができます。

 おぎやはぎ矢作さんのモノマネや、バナナマン設楽さんのモノマネは、とんねるずさんやバナナマンさんなどの大御所の先輩芸人からの評価も高く、とても話題になりました。

 以下に、こにわさんや長谷川恒希くんの公式youtubeチャンネルの動画を参考までに貼っておきますので、ぜひ観てみてください。

▼こにわさんのyoutubeチャンネルより

▼長谷川恒希くんのyoutubeチャンネルより


 このように、モノマネ芸人としてのキャリアを重ねていた恒希くんですが、その後、六本木のバー「A」のバーテンとして働きながら、「ひとり芝居」という新しいジャンルの開拓を始めます。


 みなさん、「ひとり芝居」って観たことはありますか?

 おそらく、生で公演を観たことがある方は、意外と少ないのではないでしょうか。

ひとり芝居とは、俳優1人だけで演じられる芝居。日本では1926年、築地小劇場で汐見洋がチェーホフ作「タバコの害について」を独演したのが先駆。第2次大戦後は、杉村春子が48年に独演したジャン・コクトー作「声」が注目された。その後、坂本長利独演の「土佐源氏」(宮本常一原作、67年初演)、渡辺美佐子の「化粧」(井上ひさし作、82年初演)の成功がきっかけとなって一人芝居が急増。イッセー尾形の「都市生活カタログ」シリーズは作品が300本を超え、欧米でも上演されている。その他、主な一人芝居には、加藤健一の「審判」(バリー・コリンズ作)、白石加代子の朗読劇形式による「百物語」シリーズ、毬谷友子の「弥々(やや)」(矢代静一作)、春風ひとみの「壁の中の妖精」(福田善之作)などがある。——コトバンクより引用

 僕も、恒希くんの舞台で、はじめて「ひとり芝居」というものを体験しました。

 今回、新中野ワニズホールで行われた公演は、彼が「ひとり芝居」の公演を始めて3年目の節目という、集大成的なライブでした。

 それもあって、今回の上京日程は、ほとんど彼の公演を見るために決めたと言っても過言ではありません。

 それくらい、しっかりと生で観ておきたい公演だったんですよね。


 そして、それには理由がありました。

 今回のライブに人生をかけて取り組んでいるということを、彼から直接、電話で話を聞く機会があったからです。


 ——実は、今回の公演の数週間前に、彼から一本の電話をもらっていました。

 その時、彼から「創作にひとり立ち向かう孤独」についての話を聞いたのです。

 単独公演も目前になりつつも、あらゆる段取りを自分だけで準備しなければならない場面が多かったり、客観的な意見をくれる演出家との別れがあったために非常に落ち込んでいたり、周りの人間が離れていってしまうような悲しい出来事があったり。

 そんな揺れるメンタルの中でも、淡々とひとり、創作を続けて、面白い舞台を作らなければならないという苦悩。

 そんなお話を聞きました。

 ゆっくり、40分くらい電話で話したと思います。

 僕としては、彼がそのような相談相手に自分を選んでくれたことが、とても嬉しかったんですよね。

 彼は僕の書くnoteをよく読んでくれていて、小説作品なども楽しんでくれています。

 ひとりの物書きとして、彼の苦しみのすべてを理解できなくとも、「ひとりで何かに立ち向かう」ということを続けている同志として、彼の話を聞き、公演を間近で観ることによって、何かお互いに得るものがあるのかもしれない。

 そのように考えて、僕は新中野まで足を運びました。


 そして、その結果、奇跡的な出来事が起こります。

 公演の会場に、数年間も再会することができていなかった、小説の書き方を直に教わった大切な恩師が、なんと偶然いらっしゃったのです。恒希くんの公演を観に行くことで、ずっと想い続けていた恩師と再会を果たせたことは、本当に驚きでした。

 そのときの出来事は、以下のnoteにまとめています。


 そして、始まった長谷川恒希くんのひとり芝居。


 今回の演目は、全部で4つでした。

 1人目は「彼女との記念日を祝う学生」

 2人目は「結婚したいという彼女の会話を避ける男性」

 3人目は「後輩をなじるパワハラ系の女上司」

 4人目は「家族と共に寿司を食べるお父さん」

 演目の詳しい内容は、ここではネタバレにならないように、あえて書きません。(※ネタバレがあると観覧時の驚きが削がれてしまうものがあるので、言及は控えておきます)

 ただ、ひとつだけ言えることは、彼はこの演目のひとりひとりの登場人物を演じ切るために、まさに魂をかけて、脚本を書いて、自分で稽古をして、ほんとうに丹精込めてやってきたんだということ。

 その努力の積み重ねと、気迫のこもった想いが強く伝わってくる、迫真のライブでした。

 そして、人間観察というのは、これほど細部のディテールにまで迫ってできるものなのだなあという、純粋な驚きもありました。

 その人間観察のリアリティーが、舞台上に粒子のように溢れることで、まるでテレビの画面を観ているかのように、演目の登場人物が過ごす風景や、その場には存在しないはずの、演技の中で対話している話し相手の姿まで見えてくるように感じられたんですよね。

「ひとり芝居」ですから、舞台上にはシンプルな舞台道具と、衣装を着替えた恒希くんが立っているだけ。

 しかし、そこには確かに、それぞれの登場人物の生活があり、人生があり、彼や彼女を取り巻く人間関係があり、彼らは本当に生きている。

 そんな印象を受けました。

 長谷川恒希くんは、そんな驚くべきクオリティの舞台を、まさにひとり、やり切っていた——その姿に、僕は本当に感動したのです。


 今朝、noteを何気なく開くと、恒希くんのさまざまな心の葛藤や、それを乗り越えて全公演を終えた熱い想いが、赤裸々にnoteに綴られていました。

 これだけ本気で、創作に向き合う仲間がいることを、僕は改めて嬉しいと思ったし、僕自身もまた、自分にできることを全力でやっていかなければならないなあと、心から胸打たれました。


 恒希くん、まずは本当に、おつかれさまでした。

 そして、最高の舞台を見せてくれて、ありがとうございました。

 引き続き応援しています。次回もとっても楽しみにしています。


▼長谷川恒希くんのnote、Twitter、youtubeチャンネルなどはこちら。


 今日もこうして、無事に文章を書くことができて良かったです。

 明日もまた、この場所でお会いしましょう。

 それでは。ぽんぽんぽん。

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