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1stアルバムの制作備忘録およびセルフライナー

こんにちは。こんばんは。ムラタユスラです。

僕は2年半前に1stアルバムを出しました。そのアルバムは「夜が明けるまで」というタイトルでした。(※配信では2019年リリースになっています)

発売したのが2年半前なのですが、制作自体は5年くらい前から始まっていました。録り始めてから出すまでに少なくとも3年くらいかかったということです。

僕はその頃、アルバムの作り方どころか、歌のある曲を作って出したことがなかったので何から何まで初体験でした。この作品のリリースにはSTUDIO CRUSOEというレコーディングスタジオ、およびそのエンジニアである西村曜さんが深く関わっています。

ことの発端

まずその時僕は19歳でした。STUDIO CRUSOEはその時は存在していなくて、前身となるレコーディングスタジオを西村さんが自宅でやっていました。これは自分がレコーディングスタジオを探していたわけではなくて、たまたま西村さんと知り合い、レコーディングがどういうものかというのを見学させてもらうことになりました。自分はその時、歌モノを完成させたことがなかった状態でした。(鼻歌程度は作っていたかもしれません。)

何となく歌を作りたいという気持ちが漠然とあって、形にもなっていないような歌詞を見せて「こういうことをやりたいです」と西村さんに伝えたら、彼はそれを見てアドバイスをくれました。言葉が固すぎて歌らしくならない、とのことでした。

僕はその歌詞を自分の好きなアーティストに影響を受けて書いた自負があったので、そのアドバイスを聞いて「なにをう!」と思ったのですが、自分が初心者だったためにヒントがなさすぎたのも事実だったので、「一応」参考にしてみることにしました。

結果そのアドバイスはめちゃくちゃ正しくて、僕は歌詞にメロディを乗せやすくなったり、メロディと歌詞が同時に浮かぶことが多くなっていったのでした(本当にありがとう)。

最初のレコーディング

僕はその時家でギターの録音ができず、ベースとドラムの音だけパソコン(※Windows Vista。特に音楽制作用PCとかではなく、レイテンシもひどいのでマウスでポチポチとやっていました。)で打ち込んで、西村さんの家に持っていきました。エレキギターの弾き方もいまいち分かってないような段階で西村さんは根気よくレコーディングに付き合ってくれました。そうやって初めて打ち込みだけではない録音をしたのが20歳で、「月見の兎」という曲でした。音源はデモだったのですが、Soundcloudに残ってました。

じゃあなんでそこから3年もかかったの

1、受験生でした。

僕は高校を出たのが19歳。引きこもりの時期が長かったので、全てに遅れが出ていました。大学受験を始めたのが20歳でそのあとも浪人していました。

2、ほとんど自分で演奏しました。

僕は演奏家ではないんですが、全部のパートにミュージシャンを招くとかなりお金がかかると思って、節約のために結構なパートを自分で演奏することになりました。1stではドラム以外はすべて自分の演奏でした。ただ、これはクオリティにも関わってしまったので悪手だったなあと思ってます。

さて以上を踏まえて1stアルバムのセルフライナーノーツを書いてみようと思います。ライナーといっても楽曲の解説というよりは、作者視点でのこぼれ話が多くなると思います。各曲がどのような状況から出来上がったか、という話です。タネ明かしみたいな気持ちで明け透けに書くので、良かったら聴きながら読んでみてください。


1stアルバム「夜が明けるまで」セルフライナー

1.自転車の歌

これはちょうど受験期に書いた歌だ。僕はその時なんというか今よりもさらに血気盛んで、何者かになりたいという気持ちが特に強かったと思う。受験生である自分と、何か創りだしたい自分の間で自意識が膨張して破裂しかけたある夜に、とうとう堪えきれなくなって自転車に乗ったのだった。泣きながら自転車を漕いで、何か歌いたくなって、自分で思いつくままに歌ったらこの曲が出来ていた。僕は満足したが、泣き叫んで深夜に飛び出したのが原因となって心療内科のクリニックに通わされることになった。

楽曲としては当時心酔していたロックミュージカルの一つ「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の一曲「Origin of Love」およびThe Whoのロックオペラ「さらば青春の光」の曲のいくつかに強く影響を受けた。サビのドラムパターンにタムを多く使いたかったのはその所為。

2.月見の兎

初めにギターのリフが出来たのでリフに引っ張られるような感じのシンプルなロックになった。僕はストーンズが好き。

これは隠喩が多い歌だ。ベッドの上で愛し合うカップルの歌だ。「月見の兎」の中で、二人は月なんか見てはいないのだ。ちなみに、静かの海は人類が初めて月に着陸した場所である。つまり未踏の地だ(これも暗喩)!以上を踏まえて歌詞を読むと面白いかもしれない。

この曲は、生まれて初めてレコーディングをした思い出深い曲でもある。だが歌モノで最初に作曲した曲は別にある。後述する。

3.三番線

ある時期のサニーデイとか、くるりみたいな曲を作りたいと思ってこういう曲になった。だから少し昔の邦ロックみたいになった。

三番線は僕が中高生の頃の友達と遊んだ帰りに別れる際の駅のホームだった。みんなと逆の方向に帰らなくちゃいけなくて、僕は三番線、みんなは一番線だった。元々は友人への気持ちを歌にしたのだったが、曲にする上で味付けとして恋する相手に対する気持ちっぽい表現も入れてみた。

繰り返すエレピのフレーズが気に入っている。

4.全てはブルー

僕は夏のことを死の季節だと思っている。と言っても実際に夏に死ぬとか死なないとかいう意味ではなくて、木々の緑の青々とした感じ、虫の騒々しさや強くなる雲の輪郭を見て、周囲の生命力の強まりを感じるとともに、「相対的に自分が死に近づいている」と考えられるからだ。その気持ちを歌にしたかった。

"大きな鳥を見よ/空ごと覆うのだ"という歌詞、これはマグリットの絵画「大家族」をイメージしている。

それ以外の部分の歌詞にもマグリットの考えを反映した。一見、関係のなさそうなモチーフの間に神秘的な繋がりをみる歌詞の書き方を僕は試みた。歌詞が特殊なのでメロディはなるべくシンプルにキャッチーなものを作るように努めた。

5.川下り

僕が子供の頃から好きな曲で大人になっても好きだろうと思える曲に「Black Water」(The Doobie Brothers)という曲があって、その歌はミシシッピ川について歌っている。僕は日本語でそういう曲が作れないだろうか?と思って作詞をした。実は(原型は、だが)一番最初に出来た曲で、初めて自分で作曲した歌モノがこの歌だ。"ディキシー"という単語が出てくるのは「Black Water」リスペクトなのである。

初めに作ったデモ段階ではもっとラグタイム風のピアノ主体のアレンジだったが、何かピンとこなかった。それでQueenの「Fat Bottomed Girls」を聴いてカントリー風のメロディにヘヴィなドラムが合わさっているのが格好良かったのでそれを参考にしてアレンジし直した。

ゲスト演奏家について

このアルバムの全曲のドラムをitokenさんに演奏していただきました。彼は技のある人で、特にシンバル類の使い方や音色がよくて、なおかつこちらの意図をよく汲み取ってくれます。タイプの違う5曲をしっかりと表現して、まとめ上げていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。


余談

このアルバムが出たほぼ同時期に同タイトル(邦題)の映画が出てたみたいです。縁を感じるので機会があったら観てみたいです。

おわり

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シンガーソングライタです。神奈川県出身。英米ロックとゲームとSF小説が好き。
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