【小説】5月11日 鴉天狗のお嬢様【明石京子は今日も妖に会う。】
5月11日。
私の名前は明石京子。都内の大学に通う大学生だ。
今日は午後からの教授の手伝い以外はすることがない。
まだ午前中だが早めに大学へ行って学食で昼ごはんでも食べようと家を出発し、のんびりいつもの川辺を歩いていた。
うーん、今日は萃華はいないか。
私が顔を出すと日中はたいてい川辺にいる河童の友人の姿は今日はない。
私の住むアパートもこの川沿いにあるので、萃華はいわばお隣さんの様なものだ。何人か増えた妖怪の知人友人の中でも遭遇率は一番高かった。
ま、そういう日もあるよね。
何か用があったわけでもないし、まっすぐ大学へ向かうとしますか。
寄り道をあきらめて方向転換した私だったが、そこに声をかけてきた人物がいた。
「お待ちなさい」
声をかけられ振り返ると、立っていたのはウェーブのかかったロングヘアー、リボンがあしらわれたワンピース、赤いヒールの靴……いつぞやのお嬢様だ。
「えーと、たしか……麗さん?」
私が応えると、麗はキョロキョロと周りを警戒しながら少しずつこちらに近づいてくる。
「萃華ならいないみたいだよ?」
「そうなの?」
私が伝えると麗はホッと一息吐いて、
「あらためまして御機嫌よう、明石京子さん。わたくしは鞍馬山麗と申しますわ!」
優雅にそう挨拶した。
第一印象は「お嬢様」だったけど、話してみるとやっぱり「お嬢様」だな。
「京子さんとは一度お話してみたかったのですけれど、やっとタイミングが合いましたわ」
そう言って見せる笑顔は毅然としているというか、勝ち気というか、彼女の気の強さが感じられる。
初対面の萃華に思いっきり喧嘩を打っていた印象が私の中で強く残っているのかもしれない。
「そういえば前に会った時も萃華と喧嘩してたもんね? 大丈夫だった?」
私は巻き込まれまいと早々にその場を離れたが、何やら激しいバトルが繰り広げられていた様だった。
「おーっほっほ! もちろんですわ。わたくしがあのような河童風情に後れを取るわけがありませんもの」
うわ、口に手の甲を当てて笑う人(?)はじめてみたぞ! 本物だ! 本物のお嬢様だ!
「まあ、怪我がなくて何よりだよ。今日は萃華に用があってきたの?」
「まさか! わたくしが用があるのはあなたですわ、京子さん」
「え、わたし?」
予想外のセリフに私は少し驚く。
けど、そういえば麗も私を百瀬さんに推薦した人だみたいなことを萃華も言ってたし、一方的には麗は私の事を知っててもおかしくないのか。
「用ってなんだろう?」
私が尋ねると麗は腰に手を当てて勝ち気な笑みで告げる。
「単刀直入に言います。河童組とは手を切ってわたくしたち鴉天狗組の傘下にお入りになってほしいんですわ」
「……はい?」
何を言っているのかわからずに私は素っ頓狂な声をあげる。
カッパグミ? カラステングミ? 新種のお菓子か何か?
「えーと、言ってる意味がよくわからないんだけど……?」
「隠さなくても構いませんわ。あなたが河童組と手を結ぼうとしていることはわかっています。そうでなければあの萃華さんなどと頻繁に顔を合わせることなどするはずもありませんからね」
「…………」
全然わかってなさそうだが私はひとまず話の続きを聞いてみることにする。
「ですが、河童組に未来はありませんわ。ここはわたくしたち鴉天狗組と手と手を取りあう事をおすすめします。心配は要りませんわ。それで萃華さんが逆恨みしてきてもわたくしがしっかり守って差し上げますから」
麗は、フンスッ、と鼻息一つ吐いて意気込む。
「ちなみに、河童組とか鴉天狗組とかっていうのは何をする団体なの、かな?」
「知れたことを」
私が恐る恐る聞くと麗はニッコリ笑って答える。
「わたくしたち鴉天狗組はこの雲居町の妖怪たちの平和を守る正義の味方ですわ! もちろん、その維持存続のために皆さまから『みかじめ料』を頂きますが、安心をお金で買うと思えば安いものですわ!」
あ、コレってもしかして踏み込んだらダメなやつだったりする?
麗の物騒な物言いに私は頬を引きつらせる。
「河童組も似たような事をやろうとしている様ですけれど、水辺を棲み処とする奴らに任せてはおけません。この雲居町はわたくしたちが守って差し上げなくては!」
ガッツポーズで語る麗。
このお嬢様はクールな見た目をしているけどなかなかの熱血タイプみたいだ。
というか『みかじめ料』とか『シマ』とかいう単語が飛び出すから身構えたけど、見方を帰れば警察とか警備会社みたいなものなのかな?
そして『傘下に入る』っていうのは『うちと契約しましょう』って意味かも。
頭の中でそう解釈すると私は苦笑して答える。
「あいにくだけど私は遠慮しとくよ」
「ええっ!?」
まさか断られるとは思っていなかったという驚愕の表情で麗はのけ反る。
「『みかじめ料』も払える自信ないし」
「そんな……どうしても河童組が、萃華さんがいいと言うんですの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
麗は何か誤解をしている様だ。
「別に河童組がどうとかじゃないよ。萃華とは個人的に友達ってだけだし」
私が説明すると、それでも麗はまだ納得がいかないのか俯きがちにごにょごにょと何か言っている。
「ですが、それだと傘下にしたのをきっかけに仲良くなるというわたくしの作戦が……」
「え、なんて?」
よく聞き取れずに私が聞き返したのだったが、
バシャーン!
突然、大きな音がして背後の川が割れた。
川の中から現れたのは――
「よぉ、麗。あたしが居ない間に縄張りにちょっかい出してくれるとは何のつもりだ? あ?」
笑顔の萃華。でも目が全然笑ってないから恐い。その辺のチンピラも尻尾を巻いて逃げる迫力だ。
そんな萃華に怯えることもなく毅然と笑顔で答える麗。
「あ~ら、誰かと思えば萃香さん! 心配しないで良いんですわよ? この際だからこのあたり一帯もわたくしが面倒見て差し上げますわ!」
先ほどまでの元気を取り戻したようで何よりだ。
前回につづき今回も最初から喧嘩腰の二人だが、なんとなく似たもの同士に見えるのは私だけだろうか?
「やあ、萃華。ごめんね、せっかく会えたけど今日はもう大学に行かなくちゃならないから。麗も、ありがとう。またね」
私は軽く挨拶するとその場を後にする。長居して巻き込まれてはたまらない。
「おー。またな、京子」
「え! きょ、京子さん!? もっとお話しを……!」
「おっと、何よそ見してんだ? お前はあたしの相手だろうが!」
ドゴーン!
爆音とともに背後で水飛沫があがる。
あの二人と会うと毎回このオチだな。
そんなことを考えながら私は大学へと向かった。
✒あとがき
読んでいただきありがとうございました!
『河童と鴉天狗 編』の二話目で『鴉天狗のお嬢』麗の再登場でした。
ツンデレを書くのは楽しい!
次回はどっちを書くか悩んでますが『ちょっとダークな話』か『超・日常の話』になると思います。
また次回も読んで頂ければ嬉しいです!
ありがとうございました!
☞次の話
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