現代詩「私の奥歯はグッド・バイ」

歯科医の言いなりになって抜いた奥歯が私に云う
さようならと

血で汚れて
歯肉をぶらさげたまま
みすぼらしい姿

私はそれを膝に乗せて
ブラッシングしながら
洗ってあげる

見違えるほど
白く
鍾乳石のように深遠な

私たちは
途方もない年月を
ともに暮らして

お前がそんな姿だったなんて
私、知らなかった

思っていた以上にお前は
巨大で
すり減り、傷つき、ひび割れて
綺麗
でも虫歯の黒色が中枢に侵食して
ああ、もう限界だったんだね

膝の上の
お前は俯いて
さようならと云う

私の歯茎に開いた火口からじくじくと血が滲む
麻酔の痺れが取れぬまま
疼痛

いま お前は
乳児のようで
子犬のようで
顔のない白象のよう

二十七本の生きている歯と
たった今
死んだお前
即ち
私の
死体
これ以上虫歯に苦しむことなく
安楽にお前は死に給う
二十七本の歯に見送られて葬送

お前これから
何処へ行くの

溝の中の肉片から
血が染みて桃色
春宵に人影はなく

死んだお前の頭を撫でようとしたら
風が吹いて
桜が散って
グッド・バイ


(現代詩「私の奥歯はグッド・バイ」村崎カイロ)

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