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ムラサキ
2018年6月21日 13:40
1この街では誰もが霧の殺人鬼について話をする。 初夏になるとこの街は。初夏。夜の海は暗闇に沈んで単調なさざなみを繰り返す。延々繰り返される波に乗って沖合から重厚な霧が町に流れてくる。濃霧は夜毎、町全体をすっぽりと覆ってしまうのだ。じっとりと湿ってなおかつひんやりとした濃霧は足元をも隠すほど視界を遮る。あまりに霧が重厚なので、この街に来た旅行者などは自分が真綿に包まれたのではないかと錯覚を起
2018年4月8日 20:31
俺の心の中に一つの風景があるんだ。クラスメートたちのキョトンとした顔。彼らは(というか俺も)まだ分別つかない年齢で、いわゆるスラングなんて何一つ知らない。彼らがもしも大人だったら「xxxx」とか「xxxx」なんて言葉を吐き捨てたろう。でも彼らはそんな言葉知らないから、ただキョトンとしていただけなんだ。そう、俺を見て。俺は全くの馬鹿野郎だ。今も昔も。確かその時はマスマティックスの授業中
2018年2月21日 16:31
ピアノはなんと言ってもバド・パウエルだよ。と彼が言った。聞きかじりのジャズ薀蓄を語りたいらしい。ピアノが弾けない人間がピアノのなんたるかを語るなんて滑稽だ。薄っぺらい知識を吐きながらへらへらと笑う彼。見ているだけで腹が立つわ。だってもっとバド・パウエルに詳しい人間は幾らでもいるし、そもそもあたしだってバド・パウエルの名前くらいは知っている。とにかくそんな有識の人たちを差し置いて偉そうに講
2018年1月5日 23:05
ジャングルジムのような家で育ったよく考えればあれはごみ捨て場だった俺が兄弟と思っていたものは孤児たちで親と思っていたものは孤児を売買する仲買人だったゴミ捨て場のマガジンが世界の全てである日拾ったマガジンのポーンスターのピンナップが俺の神になった仲買人はヤクを決めると俺たちを集めて終末の悪魔がもたらす厄災の話で俺たちをビビらせたしかし仲買人はとうとう神様自身の話を
2017年12月19日 08:27
僕の飼っている小さな黒猫たちが「パンクとは何ぞや」などと言い出したものだから、僕はパンクについて説明しなければならなかった。パンクムーブメントとは権力への抵抗だ。抑圧された若者たちが大権力に対して音楽やライフスタイルを通じて抗弁したのだ。そんな説明を猫達にしてみたが、彼らには難しくて分からないようだった。確かにパンクスだってそんな思慮でファッションを選ぶわけではない。もっと思春期特有の言い
2017年12月15日 21:31
「夜のプールと古代生物」村崎懐炉高校の構内にあるプールに真夜中、僕たちは忍び込んだ。防犯用の青いLEDライトが水面に反射して揺れていた。「博物館に行くのが好きだったんだ。」と僕は言った。博物館の階段の下には人造池が造られていた。そこには水が張られて鯉が泳いでいた。もしかしたら水草も生えていたかもしれない。僕の記憶が曖昧なのはその場所の照明がいつも消されていて、人造池は影の落ちた黒い
2017年12月15日 18:03
「博物館にて」村崎懐炉博物館に行ってブラキオサウルスの骨格標本を見上げていると、その年老いたブラキオサウルスは物静かに語るのであった。昔は良かった。こんなに狭々としていなかったし。自由闊達としていたものだよ。かつて彼にも同族の友人がいた。彼らは午後の安らいだ時間を散歩や読書に充てて楽しんだ。時に詩論を討議し、熱を帯びて熱い紅茶の入ったソーサーを揺らした。ブラキオサウルスたちは