プロップマガジン

スクラム番長はじめ、
サントリーサンゴリアスのレジェンドたちが集まった。
背番号がヒトケタの、レジェンドたちだ。

新宿の夜。
18時スタートという、健全な時間からのキックオフ。
もう昔みたいな量はムリ、といいながら、
どんだけ吸い込んだのか。

写真を撮ったんだけど、
なにが写っているのかわからない。

わからない、はウソだ。
スクラムを組んでいるのがわかる、ぼんやりと。

長谷川慎が、坂田正彰が、元吉ワチューが、
山岡俊が、池谷陽輔が……。
そして、沢木K介が。

ぼんやりとしか写ってない……。

「読んでた、ってのけっこうおるで」
プロップマガジンを、である。
かつて、スクラムしらないのに、
スクラム組んだこともないのに、
プロップもフッカーもいっしょくたにして、
「ようするにデブだろ?」
と、今の言葉でいえば、
ニワカ
である。
ニワカなプロップファンが、
プロップマガジンという読み物を書こうと、
小学館に行き、講談社に行き、文藝春秋に行き、
ベースボール・マガジン社に行き、
「プロップマガジンってのを出しませんか?」
と売り込みに歩いた。
答えは

NO

である。
なにしろ、みんなプロップを知らない、スクラムを知らない。
2003年のことだった。

いまは2019年、ああ、こんな時代が来るとは。

プロップマガジンの第1回目は、こんなことを書いていた。
再掲する。
2003年1月21日に書いた。

「プロップマガジン」発行の辞

 2002年度の東日本社会人大会。
 宇都宮でのサンゴリアスvsクボタの試合で、おっそろしい光景を見た。

 後半でのあるスクラム。クボタボールだった。
 レフリーの「エンゲージ!」という合図でスクラムが組まれた。クボタのスクラムハーフが、スクラムにボールを投げ入れた。と同時に、クボタのフォワードがグィっと押す。
 グィっと押されたサンゴリアスフォワードは、押されたが後退しない。縮んだ、確かに一瞬、スクラムを組んでいるサンゴリアスの8人が縮んだ。まるでクボタのプッシュを受け止めるショックアブソーバーのようだった。
 そして次の瞬間、縮んだ8人が伸びた。伸びただけでなく、16本の足が高速でピッチの芝をかきむしり、真っ直ぐに前へ進すすみ、クボタのスクラムを粉々にした。
 クボタサイドにあったはずのボールは、サンゴリアスNo8クラーク・マクロードの足下に吸いついていた。

 宇都宮のグリーンスタジアムはのどかだった。地元のファンは、ジャージ系をメインに思い思いのラフな格好で、日本酒をグビグビ、ビールをガブガブ、たばこをスパスパやりながら、ゲームを楽しんでいた。宇都宮のスタジアムは、秩父宮や国立競技場のように青空の下でも「禁煙」というアメリカンスピリットとは無エンで、少なくとも、私の周りに座っているメインスタンドの観客は、そうやってリラックスモードだった。
 そして、圧倒的多数のクボタファンでも、サンゴリアス小野沢宏時、栗原徹のジャパン最速コンビがボールを持って走り、トライすると悔しがりながらため息つきながらも「ええモン見せてもろた」と喜んでいた。
 特に、小野沢のあっちクネクネこっちクネクネ、タックルされても四つん這いになっても走ることができる不思議な攻撃スタイルにすっかり魅了されていた。
 誰もがラグビーを楽しんでいた。

 なのに、あのスクラムに肝を抜かれた人はほとんどいなかった。

「スクラムがなければ…」
 ラグビーはわかりやすいのに、と言ったのは長谷川慎の女房である。けだし名言である。そして、長谷川はプロップである。体重102kgである。言ってみれば、スクラム担当のポジション、いや、スクラムしか担当していないラグビー選手である。…と言って語弊および誤解があるならこう言おう。
 プロップとはスクラムをやるために配置された巨体であり、長谷川とはスクラムだけ強いがためだけに日本ラグビー界のトップアスリートにのし上がっただけの人物なだけ、だと。
 長谷川本人に、そのことをぶつけた。すると、
「もちろんボクだってフットボーラーだから、ステップを踏もうと思えば踏めるかもしれません。でもちょっと、キハズカシイかな」
 長谷川は言う。人間、理想をもつことは大事なことである。
 その長谷川の女房をして「スクラムさえなければ…」と言わしめるラグビーとはナニか。いかなるスポーツ、格闘技であるか。

 また、サンゴリアス・フレンズの会員報であるところの「スコール Vol.2」において、こういう作戦会議が収録されている。

直人:キャプテンになる前そんなラグビー詳しくなかったやろう?
直弥:全く知らなかった(笑)。ルールもあんまり知らなかったしね。
直人:俺はいまだにその状況なんやけど(笑)。いっぱいビデオ見ているのかな。
直弥:そりゃ勉強したよね。ラグビーは理屈じゃないと思うけど、ちょっと知らないとかっこつかないでしょう? でもスクラムはいらないと思うんだけどね?
直人:いやいやいや(笑)。
(「スコール Vol.2」「直人の部屋」より)

 直弥とは、サンゴリアスの主将でありプレー中は燃え盛る闘志と冷静な判断力を常に発揮し、府中でのトレーニング後、あるいはゲーム前のミーティングでは短くかつ的確なコメントを発してサンゴリアスの面々を奮い立たせる完璧なキャプテンシーを具備しているところの大久保直弥である。
 ちなみに、大久保は大学からラグビーを始めた。大学生でジャパン(日本代表)に選ばれる選手はままいるが、大学生でラグビーを始めたラガーがジャパンに選ばれることはこれまでなかった。
 その大久保をして「ラグビーにスクラムはいらない」と喝破せしめるスクラムとはナニか。いかなるプレーであるか。
 そして、大久保から「ラグビーとスクラムとは無関係である」と定義されて「いやいやいや」とにやにやにやしている中村直人とは、前述のスクラム職人長谷川が
「直人さんほどスクラムが強い人はいない」
 と頭が上がらない、仕事中に眠くなったら瞼にマジックで眼を描いてでも仕事をしているふりをする、そして特筆すべきは彼もまたジャパンの選手であったプロップの中村直人、その人である。
 ちなみに、中村、長谷川の二人は、1998年のパシフィック・リムという国際大会でジャパンの1番(長谷川)と3番(中村)を勤め、日本ラグビー史上初めてスクラムで外人相手に押し勝った、あろうことかスクラムトライまで演出し、ラグビーマガジンから
「ジャパンの戦術を変えた二人」
 と讚えられたプロップコンビである。
 その中村がにやにやにやいやいやいやするしかないプロップとはナニか。いかなる職業であるか。

 プロップとはナニか。この答えは難しい。では問う。プロップとはいかなる人物か。この答えは簡単だ。それは、体重100kgを超えて世界一速く走り強く押せる「デブ」である。恐るべき「デブ」である。
 しかし彼らは、決してスポーツ新聞にも登場できないプレーも見てもらえない功績を認めてもらえない。
 ゆえに、ラグビーファンですら、プロップはプレー中にナニをやっているのか、スクラムの中は、モールの中は、ラックの下ではナニをしているのか。プロップたちはどういう性格をしているのか、洋服はどこで買うのか、人格はあるのかないのか、知らないでいるのである。

 もしプロップという人たち、彼らの仕事ぶりがわかれば、目で見るラグビーはもっと楽しくなるかもしれない。
 もしプロップの素晴らしさを知れば、自分もプロップになりたいと思うようになるかもしれない。
 もしプロップと話をする、酒を飲むチャンスに出くわしたとき、プロップのことを少しでも「正確に」知って、それを話題にすれば、彼らは巨体を揺すり相好を崩して喜んでくれるに違いない。
 もしバックスのプレーヤー、およびフォワードのその他のプレーヤーがプロップのことをわかってくれれば、ラグビーをもっと好きになるかも知れない。

 下支えをしてくれる人が必要な世の中でもある。

 この「プロップマガジン」は、そうした愛すべきプロップのプロップによらないプロップのための読み物です。

作者紹介:府中四六蔵(ふちゅう・しろぞう)
1966年生まれ、長崎県、海星高校出身。職業はジャーナリスト。専門は日本の政治と経済と社会と文化。