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地域の議員をちゃんと見てみる

松下政経塾のオンライン入塾説明会をのぞいてみた。

50人近く参加者がいて、
政経塾卒の自治体議員や民間企業、団体職員がプレゼンするのを聴いている。
入塾説明会だから、松下政経塾ではどんな学びがあった、
どんなことが思い出だ、という話をするのかと思ったら、
そんな話はほとんどなく、
いま自分が何をしているのか、それは何のためにしているのか、
その先にはどんな世の中になっているのか、
という話。

たとえば、
限界集落の町会議員、地盤はなかった。
なんでその地域なのかというと、
親がそこの出身だった。
親のルーツは自分のルーツである。
なくしていいのか? 世界には限界集落から復活した例はいくつもある。
人口とか税や教育という社会のシステムが違うから、
外国の例は日本では参考にならない、という、
もっともらしい理屈は「やらない理由」でしかない。
一身独立して一国独立す(福沢諭吉)、であるならば、
一地方が健全であって国全体の健全があるわけで、
そこに人生かけよう、と。

あっぱれ、なんだけど、
結果的に6年かかった、当選するまでに。
6年ということは、統一地方選挙は4年に1回だから、
選挙2年前にその地域へ移住して、
政治活動して(選挙期間以外は選挙活動じゃなく政治活動)、
選挙に落ちて、さらに政治活動を続けて、4年の間ずっと。

小さな選挙ほど、当選するのは難しい。
すでに票の行方はあらかた決まっているから。
そこの小学校や中学校の卒業生で、
子どももそこに通ってて、
PTAやって、商店街から可愛がられて、
神社やお寺から頼りにされて、
そういった人たちから、「じゃああんたやってみるか?」
って認められてようやく、という選挙でもある。

野田聖子さんといい、今回の自治体議員さんといい、
政治への志を、久しぶりに感じることができた。
(そういえば、小川淳也さんの映画もウケてるらしい)

どの組織にも、働く人と働かない人がいて、
いてくれて意味がある人と、なんのためにいるのかわからん人がいて、
それがバランスをとっているのが現実だとすれば、
地域の議員や地域の役人にも、ちゃんとした人たちがいる。
役人がちゃんとしてるかどうかは外からは見えにくいが、
議員は見ようと思えば、その働きっぷりか、
その働かないっぷりは見ることができる。

コロナで首相やら首長やら大臣たちの惨劇ばかりが目につくが、
地域の議員たちがどんな働きをしているのか、
ちゃんと見ておいたほうがいい。

と、松下政経塾でのプレゼンを見ていてそう思った。
松下政経塾に対しても、
「政治家養成機関」というステレオタイプで考えてたらいかんなとも。