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夕暮れどきの長崎の街

(そろそろ戻ろう、やばい……)

海星高校の校庭。
サッカー部が練習していた。
固くてスパイクのイボイボがすぐに磨り減ったグラウンドは、
きれいな人工芝に変わっていた。

「こんにちは」
(どきっ)
背後から声がした。
振り向くと身体が大きいおっさんがこちらに近づいてくる。

オランダ坂を案内する

「こんにちは、卒業生の方ですか?」
(違いますよ)
と言おうとしたら、
「よ〜おらすとですよ〜、この時間ぐらいになったら、
ふらふら入ってくる卒業生の方が」

午後4時ごろ。
出張で長崎に来ているが、会食まで3時間ぐらいある。
サウナで調おう、と楽しみにしていたら、
「ちょっと案内してよ」
と、いっしょに来ている上司。

サウナをあきらめ、街ブラすることに。
長崎の新地中華街にホテルをとっていたので、
たしかに街ブラには絶好の場所。
海側にするか、繁華街にするか、オランダ坂にするか。

海は明日軍艦島に行く、繁華街は今夜会食で行く、
けっきょくオランダ坂にすることにして上司をご案内。

オランダ坂を登りきれば、わたしの母校の海星高校がある。

センチメンタルな気分でもなかったが、
せっかくなら校門だけでも、
いやせっかくならちょっと入ってみよう、
もうせっかくだから学校の中をぐるぐる……
いややっぱり、知った先生に会うとめんどうだ。
いやいや、知った先生なんてもういないだろう。
いやいや、わからんぞ〜。
いやだから、そろそろ戻ろう……。

おっさんの正体は校長だった

「よ〜おらすとですよ〜。懐かしかとですよね〜」
ああもう、卒業生にカウントされている。
「お名前は?」
(山本太郎とかいってさよならしよう)
と思っていたところに、
校舎の中から出てきた先生が、
「むらたさん……?」

ああもう、おわった。
煙に巻いて出ていくのをあきらめて
「むらたのぶゆきです」
と。
ふたりともわたしが高校のときにはいなかった先生たちだが、
ひとりは校長、もうひとりは同窓会担当の先生だった。

「ああああ、むらたさんたい。よ〜来らした。ありがとうございます」
帰るタイミングだ!
(はい、ありがとうございます。それでは失礼します)
といおうとしたら、
「よかとば見せてやっけん、一緒に来んですか」
と校長は校舎の中に入っていく。

(やばい、職員室に連れて行かれて引き回されるか、
校長室でやりたくない懇談にもっていかれるか)
絶望していたら、
「あんまり案内しないところですけど」
といって、ロックを解除してドアを開けると、
屋上だった。

浦の苫屋の秋の夕暮れ

海星高校は山の中腹にあり、
谷を挟んでグラバー園と同じ高さにある。
グラバー園が南山手、海星は東山手、という地名。

高校の屋上にはマリア像が立っていて、
誰もそこに入れるとは思っていない。
初めて屋上に立ってみると、
長崎港と長崎の街が360度、
最高のパノラマが楽しめる。

校長は郷土史に詳しく、
こっからここまでが外国人居留地で、
あっちに長崎奉行があって大岡越前のお父さんがいて、
とかいろいろ説明してくれた。

夕暮れどきの長崎の港と街は、
最高にキレイだった。
ああ、中学高校のときは気がついていなかったなあ、
こんないいところで育っていたのか。