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宇宙を支配する見えざる力の源泉!最新・ダークエネルギーの謎/水野寛之

宇宙を膨張させる未知の力として考えだされた「ダークエネルギー」。
いまなお観測されておらず、正体不明のままだが、最新の研究により、
その存在を示唆する証拠がいくつも見つかっている。
謎に包まれた暗黒エネルギーの正体に迫る!

◉特別企画◉ 文=水野寛之 イラストレーション=久保田晃司

プロローグ 最新実験が示唆するダークエネルギーの実在

ダークエネルギーがついに検出された!?

 2021年9月15日、サニー・ヴァグノッツィ特別研究員らの研究グループは、「XENON1T」実験において、ダークエネルギーが検出されていた可能性を示す論文をアメリカの学術雑誌「フィジカル・レビューD」に発表した。
 XENON1T実験は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)をはじめ、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学、神戸大ープ「XENONコラボレーション」が、2016年から2018年にかけて行った実験で、ダークマターの直接検出を目的としていた。
 イタリアのグランサッソ国立研究所(INFN)の地下研究所に設置された検出器は、およそセ氏マイナス100に冷却した高純度の液体キセノン3・2トンを使用したもので、そのうち2トンがダークマター検出の標的として用いられた。

 液体キセノンは、ダークマターや放射線などに触れると、キセノン原子から非常にわずかな光や電子信号を発生させる。その光や信号を光電子増倍管(PMT)で捉えるしくみだ。
 だが、観測される大半の反応は検出器中にすでにある放射線に由来すると考えられる。ダークマターによる反応を見極めるため、それらの反応をバックグラウンドのノイズ、「背景事象」として分離する。精密な計測の結果、背景事象は232個と予測された。つまり反応が232個前後であれば、何も起きていないのと同じということだ。
 ところが、実験で得られたデータの中に、背景事象を53個も上回る反応が含まれていたのだ。この53個の反応を「超過事象」と呼んでいる。

イタリア・グランサッソ国立研究所の地下研究所に設置されたダーク マター検出器「XENON1T」。写真は実験装置の中で光を検出する部位を下から見た様子(写真=XENON Collaboration)。
水チェレンコフ型検出器の内部に据えつけられたXENON1T検出器 (中央)。水チェレンコフ型検出器は宇宙線ミューオンによるノイズを取り除くために用いられている(写真=XENON Collaboration)。

観測された超過事象の原因は何なのか?

 この超過事象に関して、XENONコラボレーションは、2020年6月に発表したリリースにおいて3つの仮説を立てている。
 ひとつ目は、これまで考えられていなかった背景事象の可能性、つまり非常に微量な放射線によるものとする仮説で、1025個のキセノン原子に対し、数個のトリチウム(ひとつの陽子とふたつの中性子を持つ水素)が存在すれば、超過事象を説明できる。ただし、非常に微量であるため、それらが存在するかどうか観測は困難だ。
 ふたつ目の仮説は、ニュートリノを原因とするものだ。もしニュートリノの磁気モーメント(磁力の大きさとその向きを表すベクトル量)が予想されるよりも大きければ、超過事象を説明できる。また、素粒子物理学における標準理論(標準モデル)を塗り替えることになるかもしれない。
 そして3つ目の仮説が、新しい素粒子の可能性だ。実際に観測されたエネルギースペクトル(スペクトル密度)は、太陽で生成された素粒子アクシオンから予想されるエネルギースペクトルによく似ているのだという。エネルギースペクトルとは、エネルギーが周波数毎どのように分布しているかを示したものだ。
 アクシオンとは、素粒子物理学における3つの基本的な相互作用(強い力、弱い力、電磁気力)を記述するためのモデル理論である標準理論(標準モデル)での強い力における実験と理論の矛盾を解消するために導入された仮想の素粒子で、その存在が期待されている。
 アクシオンは太陽の内部で常に生成されている可能性があり、初期宇宙で生成されたアクシオンがダークマターになったとする研究者もいる。もし、超過事象が太陽アクシオンによるものならば、標準理論を塗り替えることになるかもしれない。

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