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【連載小説】聖ポトロの彷徨(第3回)

7日目

禿山をいくつか越えた先に、建物の残っている集落を発見した。もしかしたら、誰か住んでいるかもしれない。これから探索を開始する。

【記録中断】

【記録再開】

困難な状況下、たった一人で過ごしてきたせいで、少々精神的にも参っていたのだろう、誰でもいいから、とにかく誰かとコミュニケーションをとりたい、と心から願っていた私は、我を忘れて斜面を転がるように滑り降り、集落へと一目散に駆けて行った。

人と話ができる、その期待はやおら裏切られることとなった。
木造平屋の、簡素な建物が散在する集落は完全に無人で、近くで見る家々は、遠目で見た時よりずっと古びていた。中には、丘から見えなかった部分が完全に朽ち果て、崩れ落ちている家もある。
家の中は暗くて埃っぽかったが、気候のせいかじめじめした感じはなく、虫やカビなどの姿すら、見当たらなかった。各々の家屋には、家財らしいものも何一つ残されておらず、食器一つ、衣服一枚落ちてはいなかった。
私はそれらの建物のうち、比較的丈夫そうなものを選んで、床の上に体を横たえ、2~3時間眠った。疲れ果てていたせいか夢を見ることはなかった。

目を覚ます直前に、今までの旅が実は夢で、目を開けたら予定通り緑豊かな惑星への転送が完了しているのでは、という薄い期待が脳裏をよぎったが、薄暗い廃屋で目を開けてみて、改めてこれが現実であることを思い知らされ、私は自分でも珍しく、頭を振りながら、深く溜め息をついていた。

波乱万丈な人生だった、とまでは言えなくとも、私も人並みの困難を克服して、ここまで生きてきたつもりだ。
雪山へのフィールドワークで遭難したときは、酷寒の洞穴で3日も飲まず食わずになった。研究所でストライキが起こったときには、実験体が崩壊しないように、72時間も一人でじっとカプセルを見つめていたこともあった。

だが、ここにあるのは、それらを圧倒的にしのぐ、恐ろしい困難だ。

体力にもそこそこ自信はあるし、出発前の精神力テストでも、A++の評価を得た私だが、この状況には正直、いささか辟易している。
何せ、解決方法が全く分からないのだ。
もし本当にこの星が、がらんどうの無人惑星と化していたら、私は一体どうすればいいのか。私は約2ヵ月と3週間後、無事に地球へ戻ることができるのだろうか。
・・・いや、私らしくもない。どんなに困難な時でも、何とかしなければならないのは、人生の常というものだ。このコムログの記録機能に不満をぶちまけても、何の解決にもなりはしない。私は科学者なのだ、いつでも冷静に、頭で考えなくては。

立ち上がって背伸びをし、軽くトントンとジャンプして、目を完全に覚ました私は、もう少しの間、周囲を詳しく探索することにした。

夕暮れ時の太陽光でオレンジ色に変化した無人の街並みに、廃屋群の黒い影が、長く伸びている。
廃屋の数は18で、家と家の間は大体10メートル前後、建物は集落の中心にある広場を、ぐるりと取り囲むように配置されていて、広場の中央には、涸れた井戸がある。
前の集落跡で見たのと同様、井戸には石組みの名残が残されているのみで、水をくみ上げる装置の類は見つからなかった。もちろん、今は完全に干上がっており、井戸の穴は地面から1~2メートルのところまで、赤い砂で埋まってしまっている。

予想通りの調査結果に嘆息しながらも、私は更に人を探して旅を続けなければならない、そしてもし人が見つからなかったら、この状況を説明する何らかの証拠を発見しなければならない、という結論に達した。
なぜこの星はこんな状況になってしまったのか。
なぜ前任者の本とこんなに食い違っているのか。
もはや任務というよりは、むしろ私自身の興味から、この謎を解き明かしてみたいと考えている。

【記録終了】

「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)