失うこと、捨て去ること。

人生は旅だ。
旅に、重い荷物は必要ない、と昔何かの本で読んだ。


わしが京都に住んで、ちょうど10年になった。

10年前、わしは派遣切りで大阪の家を失い、京都の友人宅で世話になることになった。
そいつの狭い部屋で寝泊まりするので、当然、それまで集めた全ての家財道具を捨ててくることになった。

大型ゴミ集積場の、深く巨大なコンクリートの穴に、家財を投げ捨てる。

布団が。
ベッドが。
ステレオが。
パソコンデスクが。
自転車が。
テディベアが。


今でも時々、その光景を思い出す。
「暮らし」が暴力的に吸い込まれていく、その深い穴の暗さを。
ガラスのパソコンデスクが、ガチャリと音を立てて砕けるさまを。


あれから10年。

わしは京都の道をずいぶん覚えた。美味しい店も知った。
あの時失ったものと、こちらに来て得たもの。
どちらが素晴らしいか、わしには今でもわからない。


けれど、失うことから始まる旅もある。
荷物は少ないほど、いいのかもしれない。

「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)