ギャップイヤーを知らないおばあちゃんとフリーターの私が話すこと


私は今、フリーターです。

大学は卒業して、落ちこぼれだったわけでもないし、病気でもないし、なんなら家に閉じこもっていられないかなりアクティブな方だと思っています。

でも、どこにも所属していない、未来も不安定な身分になってしまいました。

言い方は色々あると思いますが、これはもともとは大学卒業後のギャップイヤーになる予定の数ヶ月でした。大学院に進学しようとしていたものの、コロナで色々あって中止して、今は大学は卒業しているけどインターンとして働いています。

本当だったら今は大学院に所属になっていたのかな、とまあ、少なくともフリーターではなかった世界線をしばしば想像したりします。



両親は、私がこういう風に過ごしていることに対して、とても寛容です。

今回留学にいけなくなったことも、就職活動がどうなるかわからないことも、やりたいようにやってみて、違ったら変えればいい。くらいのスタンスでいてくれます。

まゆは大丈夫。思ったようにやってごらん。

父と母の姿勢に救われているから、私は明日を前向きに見ていられるのだと思っているんです。



でもそんな私のことを、すごく心配している人がいます。

2人の祖母です。

祖母たちにしてみれば、24歳なんてとっくに結婚していておかしくない年なんです。そして、仕事を持つか家庭を持って、親からは自立してく年齢。

大学も1年休学して突然海外に行ってしまった私が、せっかく大学を卒業したのにまだ就職もせずにふらふらしているのだから、そりゃあおばあちゃんたちにしてみたら不安ですよね。



うちは基本的に家族仲がよく、コロナ禍では毎日父方にも母方にも3姉妹の誰かが電話をかけるようにしています。

私より妹がかけることのほうが多いのですが、2週間に1回か2回は私も話すようにしているんです。



以前からずっと、まゆちゃんは卒業したらどうするの。そういわれてきました。海外に行くことには賛成してくれているとは思えず、「普通に」安定した生活を送ってほしいと思っていることはいつも伝わってきました。

不安定なチャレンジではなく、堅実さと安定。彼女らの時代にあった、まさに昭和の価値観を体現するような会話が続きました。

父方の祖母には、自営業の経営の心配もされていました。祖父母の代から続いて私達が3代目。3姉妹の誰かが継ぐことになるだろうし、私は長女です。そういう話が出るのは当然だと思っています。でも少なくとも新卒で関わる気は始めっからありませんでした。そして自己選択がないことを最も苦しいことに感じる私にとって、そういう将来の決め方が不可能であるということも自分ではとうの昔にわかっていたことでした。



ふらふらするのは、辞めなさい。

将来、どうしたいの。

結婚は、考えてるの。

孫を見せてくれないと死ねないわ。

ちゃんと正社員で働きなさい。

インターンなんて、何してるの。



そういった当然といえば当然の問いかけは、思った以上に当事者なりに悩んでいる心にはしんどいものがあります。

そして、なにがもっとしんどいかというと、価値観の認め合いはできない割に、無下にもできないところです。

おばあちゃんたちが若い頃とは、働き方とか結婚感とかも違うんだよ。終身雇用だってもう神話といわれ、転職が普通になって、休学もポジティブなものがどんどん増えているんだよ。

それは言葉にすればあたり前のことなんですが、理解してもらうのはもう難しいように思います。祖母も漠然と世の中が変わっているということはわかっても、それを自分の孫の生き方に当てはめて見ることができないだけなんだと思います。


でも、私だって考えてないわけじゃないんだよ。

ただみんなを安心させるためだけに生きるには、もうレールを踏み外しすぎちゃっただけなんだよ。

「普通に」なんていわれても満足できないし、考えていないかのように扱われるのはもっと腑に落ちないんです。


心配してくれているんだとわかっているから、いわれなくてもわかってるよなんて言葉もため息も吐き出しません。そういう違和感をただ飲み込むしかないことが、ものすごく苦くて、苛立って、苛立つ自分に嫌になって。だから、少し電話が疎遠になってしまうことがあります。



私だって将来については考えているから、ちょっと見ててよ。

そんな届かない声をまた飲み込んで、ただ終活への焦りと今の生活のはがゆさは加速しました。

価値観が違うのはしょうがない。表面上は私が折れるしかないことだと思っています。私がそれを受け入れた上で、安心させてあげるしかないんだ。そう思っておいた距離が、もう年をとった2人と取り返しのつかない後悔を生んだりすることがありませんように。

でも今は、その言葉たちからの距離が私には必要なんだ。ごめんなさい。



電話の後少しだけ漏らした愚痴に、珍しく母が反応しました。そして、私の代わりに、怒った。

「大丈夫に決まってるじゃない。だって信じてるもの。」

その言葉のあまりの力強さに、思わず少し、泣きました。


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