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雨の音、匂い、温度、そして記憶

雨のにおいがする。

むうっとした生ぬるい空気がちりの匂いを含み始めて重くなったとき、たいてい空も灰色を重く塗り伸ばしています。それは昔むかしに校庭で体育着を汚しながらかいだ、グラウンドの匂いを私に思い出させます。

雨が、近づいているんだな。


もう少し早くに偏頭痛の兆候がして気づくこともあります。

そんな時はソファーにうずくまりながら天気をお出迎えすることになります。

ちたちた、くらいの雨音のこともあれば、バラバラと打ち付ける音、ざーーーっと一面を濡らす音のこともある雨。思わずカーテンを開けて、雨だ、と一人つぶやいてしまいます。


雨は、正直あんまり好きではありません。

楽しい雨の日は、残念ながら私にはあまり訪れたことがないようなのです。

例えばお気に入りの傘のストーリーを作ることもできるし、雨という天気の曖昧さが好きだという友だちの話をすることもできたのかもしれません。

でも、私はなんとなく憂鬱な雨の日もちゃんと正面から受け止めていることが、私自身の生き方だと思えてなりませんでした。


雨の日は、デートの約束がないほうがいいです。

せっかくおしゃれをしてみても、道から泥がはねてスカートの裾を汚したり、きちんとアイロンで巻いた髪が一瞬でぱさぱさのぼろぼろに戻ってしまうからです。せっかく可愛くなっていたのにと悲しくなるので、はじめからパジャマで過ごせる一日のほうが良かったりします。

雨の日は、休日がいいです。

電車が混みます。バスも混みます。普段は歩いたり自転車に乗っている人も、みんな公共交通機関を使って動くからです。そして、人の傘で洋服が濡れることもあります。潔く家から出ないのです。

雨の日は、温かいご飯がいいです。

なんとなく憂鬱になるなら、温かい飲み物を飲んだほうがいい。それか、温かいご飯をいっぱいに食べます。そうしたら、心が少しほっとするんです。チャイとか、お味噌汁とか、そんな温度が私のお供になります。

雨の日は、お気に入りの本がいいです。

頭が痛くなりやすい日には、画面を眺め続けるより穏やかに本を楽しみます。兆しが見えてきたら、無理せずに目をつぶる。そうやっていつまでも温かい布団にくるまっていられる停滞を自分に許してあげます。


それでも、何かを思い出させるような雨の匂いだけは本当は嫌いではありません。

幼い頃私の傘をさらっていったあの激しい雨も、ドライブの途中で降り始めた雨も、飲み帰りの帰りに誰かと一緒に濡れた雨も。

土の底がむっくりと起き上がるかのような濃い自然の匂いを、空気がたっぷり吸い込んでいるんです。それでいて雨が降り出すと、それは冷たい道端の青のような匂いを強めて、空気の温度も変わります。

きっと記憶のどこかに、雨の日らしい温度が染み付いているんだと思います。


この梅雨は、私に忘れられない思い出なんて残してくれるんでしょうか。

ただの友達というには親密な彼との相合い傘は、これからどんな意味になっていくんでしょうか。

彼の黒い傘が、返されるまで私のかばんにある間、またすぐに会えると言っているようで。それを口実に会う約束を立てても、それがどちらの希望なのかは曖昧なままで。

会えることが嬉しいとは素直に認められない距離を私は、これから一体どうしていきたいのかな。



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