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コロナの時代にできそうなこと


先日のネクストコモンズラボのトークショーが楽しかった。
600人近くの方が観ていたらしく、コメント欄も大反響だったよう。おれの活動がこんなにも社会的に評価されたことは初めてのことで、純粋に嬉しかった。その夜は自己肯定感でニコニコしながら眠りにつく。


芸術探検家として一定のスタンスを心掛けつつ、考えていた反構造なよそもの性質を語る。タイヤひっぱりなどの活動が「移動の極地」として紹介されたが、なんだか適切な感じがした。

「探検家は極地を目指して過酷な移動をするが、芸術探検家は移動の極地から芸術の起こりを探る。」

こっぱずかしくもあるが悪くない。依然、タイヤひっぱりがなんなのがよくわかならいけど、これは芸術探検の蓄積の中から時間をかけて言語化されるものなのかも知れない。


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ここ数ヶ月、随分いろんな人と「コロナ時代になにをするか」についての話をした。
おれ個人としては、

・あり方のレイヤーとしての漂泊性、その価値判断の専門性
・温泉地の包容力への着目、異質な他者としての温泉の効能(地底の熱)
・オンラインミーティング空間とリアル空間、同時に伸びる行為と知覚の可能性

この3つの切り口で一旦答えが出た感がある。少なくとも今後一年くらいはこんなバイブス感でやっていく。せっかくなので明日からそれぞれの記事を書こうと思う。

この記事では、ここ数ヶ月の思考の流れについて記して置くことにした。

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種族、国境、人体、細胞、あらゆる境界を自由に越えられるコロナウイルス(よそもの)が炙り出したものの一つに、「人間中心社会の限界」があった。コロナ来訪によって引き起こされた各種の病は、人間中心な価値観のもと構築されたシステムにほど強い症状として出たように思う。

構造の破綻を引き受ける個人のストレスは、ツイッターやニュースサイトのコメント欄などに表出し、集合。謎の正義が誰かを攻撃し始める。ファストな情報消費を加熱させるプラットフォームは、ますます、個人にも社会にも制御不能な厄災と言って然るべきものに仕上がってきている。この性質は今後も際限なく増幅していくだろう。

おれはこの現象がコロナなんかよりよっぽど怖い。
まずおれ自身が生きる世界のスケールについて、社会的な立ち位置とは違った次元で確かめていかなくては、活動が立ち行かなくなってしまいそうな気がするのだ。

破綻する社会構造も、同調と敵対のいびつな現象も、そもそもの自分の意識を変え、まず自分自身が巻き込まれず活動に集中できる精神状態をつくることが先決だと思う。パニクった人間は何をするかわからないのだ。

しかしこれは、筋トレ的な鍛錬や向上心によって変わるものでもなく、嫌なものとはすぐに距離をとるのと同時に、自身の知覚範囲内に「計り知れない他者」を取り入れて過ごすような、そんな日々の連続によって醸成されて行くものなんじゃないか。

そしてそれは、おれには全然足りていない。


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この微妙な塩梅をどう楽しく実践するのか。
なんとなく「熱の移動」をイメージするのがいい気がした。

いびつな熱、操作された熱に、自らの熱を感化させない。
同調や均質化への引力に、自らの熱を吸い取らせない。
他者をシャットアウトするのもいけない、新鮮な風が通らなければ自らの熱も萎んでいってしまう。

自身の熱を、虚栄と憎悪と執着に満ちた人間の海(例えばツイッター)にさらさないこと。
インターネットでは、自身の熱を適切な言葉で育て、その言葉が適切だと思うひと同士で繋がるくらいでちょうどいい。どうしても激る熱は、魂と肉体を持ってちゃんと対決させにいこうと思う。それができる人になりたい。

それもダメなら、本でも読んで、雨に打たれて、ヤカンで沸かした熱い茶を飲めばいい。むしろそれがいい気がする。

思考と言動、熱のサイクルを、地球の循環のどこかに接続しようとしてみる。

おれは地球に生きる一個の有機生物なのである、環境が変わればそれに対して働きかけ、自身の身体性を更新してゆく他ないのだ。

海沿いの温泉地に拠点をつくりたいなって思う。








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🏄‍♂️ 芸術探検家 / 移動行為から芸術の起こりをさぐる 🚲

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