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山の上の博物館

 えっちら、おっちら山を登っていくと、林の向こうにレンガ色をした大きな建物が見えてきた。
「あれが山ノ上博物館か」わたしは、独りつぶやく。世界でただ1組しか出土していない、プラチナサウルスの骨格標本を見に、はるばるとやって来たのだ。

 近年、白樺湖の湖畔で発掘されたこの恐竜の骨は、まるで白金でできているかのように光り輝いていたという。
 その後、近辺から次々と他の部位が見つかり、完全な形で復元されるに至った。鼻先から尾まで、全長17メートル。アパトサウルスに似た、大型の草食恐竜である。

 券売機で入場券を買い、入り口のスタッフに手渡す。
 入ってすぐの広場には、チープな作りのステゴサウルスやT・レックスのレプリカが置かれ、わたしを出迎えてくれていた。
 安っぽいテーマ・パークにでも来たような気がしてくる。

 館内に入ると、学芸員がイスから立ちあがり、会釈をした。
「まずは、特設会場のほうからご覧下さい」
「そこは何を展示しているんですか?」わたしは尋ねる。
「はい。昭和時代、この辺りで実際に走っていた乗り物や、使われていた家電製品など、いわゆるレトロを主題に置いた会場となっております」
「ちょっと面白そうですね」わたしは興味を覚えた。
 恐竜はとりあえず後回しにして、まずは特設会場から観ることにする。

 乗り物を展示するだけあって、かなりのスペースを取ってある。トロリー・バスというのだろうか、屋根からパンタグラフが突き出てたバスが置いてあった。
 「ご自由に中をご覧下さい」と案内が掲げられている。後ろの扉が入りやすそうだったので、そちらのステップに足を乗せたところ、運転席から注意する声がした。
「前のめり、後ろ蹴りだよ」
「えっ、なんですか?」びっくりして聞き返すと、少し照れたような口調で、こう言い直す。
「前乗り、後ろ降りです……よ」

 わたしは前の扉から入り直した。運転席には、当時の運転手が剥製となって座り続けている。
 言語能力は失っていないのだが、脳みその代わりにおがくずである。ときどき、とんちんかんな言葉が飛び出るらしい。
「剥製になっても、給料とか、ちゃんともらえるんですか?」失礼かと思ったが聞いてみた。
「ええ、安いですけど。まあ、好きでやってるし、第一、金の使い道があるわけでなし」運転手は前を向いたまま、そう答える。

 家電のエリアには、電気タンスがあった。NHKアーカイブでは見たことがあるが、実物はやはり迫力がある。衣類の持つ電気的抵抗や容量を還元し、虚数宇宙との通信を可能にする……だったかな。当時は、どの家にも1台はあったそうだ。

 一通り見て歩き、ふと柱のガラス時計に目をやると、もう2時間も経っている。
 ガラス時計は、砂の代わりに粘性の低いガラスが封じ込められている。それが、ゆっくり、ゆっくりしたたり落ち、時を正確に刻んでいるのだ。
「あ、そろそろプラチナサウルスを観に行かなくちゃ」わたしは特設会場脇の階段を上っていく。

 2階は太古の生物をテーマにしていた。
 原始的な生物や、巨大な昆虫、見たことのない奇妙な植物、恐竜、そんなもの達だ。
 当時はなんでも、とにかく巨大だったらしい。ワラジムシやゾウリムシの化石など、まるでスリッパにしか見えなかった。
 ゴキブリの仲間もすでに存在していたけれど、丸めた新聞紙で叩こうなどとは思いもよらない。何しろ、背に人を乗せて歩けるほどばかでかかった。

 お目当てのプラチナサウルスは、中央に堂々とそびえ立っていた。
「うわあ、さすがに大きい……」見上げるばかりでなく、目を細めなくてはならなかった。どこもかしこも磨き上げたような銀色をしている。天井からの照明がいく筋にも反射し、とてもまぶしいかった。

「どうです、この染み1つない輝き。美しいでしょう?」プラチナサウルス専門の学芸員だろうか。まるで、自分のことのように誇らしげに話しかけてきた。
「ええ、まるで、本物のプラチナのようですね」わたしが感嘆すると、
「いえいえ。仮に本物のプラチナでこれだけのものを作ったとしても、価値は遙かにおよびません」と、笑いながら首を振る。「プラチナなら、世界中からかき集めることもできますが、なんてったって、あなた。このプラチナサウルスは、世界でこれ1頭きりなんですから」
「へえー、そうなんですかぁ」わたしは間の抜けた返事しかできなかった。

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