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釘が打てるもの

 会議室に呼ばれたのは、わたしが提出した案に結論が出たからだろう。わたしが購入を主張している機械に関しての結論だ。
 それを導入することで、効率は飛躍的に向上する。論理的に考えて、これを導入しないという結論はあり得ない。そもそも議論の余地すらないのではないかとすら思えるが、組織というものは議論が好きだし、厳かに結論を下すのが好きなものだ。ある意味では儀式にすぎないかもしれないが、まあそれに付き合ってやろうじゃないか。
「結論から言うと」と重役は言った。「導入は見送ることにする」
 わたしは言葉が理解できなくなったのかと思った。突然なにか重い脳障害になり、言語活動に支障を来したのだ。それでなければ、状況があまりにも不可解だ。理解ができない。
「なぜです?」わたしは声を荒げた。「わたしの報告書を読んでいただければ、これを導入することで我々の仕事の効率が一気に上がることがおわかりいただけたはずです」
 一同顔を見合わせた。ひとつ息をつき、重役が口を開いた。
「確かに」と重役はため息混じりに言った。「君の報告書の通りならば効率は上がるだろう。ある一定程度の効率はね。しかしね、この機械にはあまりにもできないことが多すぎないかね。物を温めたり冷やしたりできない。お湯を沸かしたりできない。人を乗せて走ることができない。人を殺すことができない。物を入れて運ぶことができない。雨を避けることができない。身につけることができない。それを見た人を幸せにすることができない。物を切ることができない。火を着けることができない。釘を打つことができない。できないことだらけだ」
 わたしは目眩を覚えた。「確かに、いまおっしゃったことはこの機械にはできません。しかし、それは他の機械が代替できることです。できないことではなく、この機械にできることを見てください」
「我々は」と重役は言った。「減点方式でものを判断するのだ。できるだけリスクを冒したくないからね。以上だ。下がりたまえ」
 わたしはまるで酩酊したような足取りで会議室を後にし、そのまま会社を出ることにした。こんな会社にはいられない。
 受付の女が、覚束ない足取りのわたしを見て声をかけた。彼女もわたしの提案については知っている。
「どうしたんです?あのコンピュータ、導入は決まりました?」
「釘が打てないと駄目だそうだ」わたしは答えた。
 受付の女は首を傾げながら言った。「そんなコンピュータがあるんですか?」


No.612

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