ショートショート「猫」 兼藤伊太郎

女は後悔した。その男にそんなことを尋ねるべきではなかったのだ。男は口をつぐんだ。まるで口の中に小石を放り込まれたかのように。
女には二の矢の用意があった。「なんで答えないのよ?」そして三の矢「都合が悪くなると、そうやって黙るのよね」言ったところで何も変わらない。こんな風になるのは、初めからわかっていたのだ。女も黙まらざるを得なかった。だから、女は後悔した。結局、それは女自身を幻滅させることでしかないのがわかっていながら、尋ねてしまったことに。男が答えない、もしくは答えられないことを、女は知っていたのだ。
男の側からすると、そんなことを尋ねる女に憤っていた。男は女がそう尋ねないことを望んでいた。尋ねられれば、口をつぐまざるを得ないことを男はわかっていたから。男は自分が答えない、もしくは答えられないことを知っていたし、女がそれを知っていることも知っていた。男は、ここではないどこかで誰かが幸せそうに笑っているのを想像した。
女はおもむろに立ち上がると、男に魔法をかけた。男は魔法で猫になった。「ニャア」と猫は鳴いた。女はそれを膝に載せて抱き締め、何も尋ねなかった。

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