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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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#一駅ぶんのおどろき

箱庭

 友人に勧められて箱庭を購入した。通販で。送られて来た段ボール箱は予想以上に大きかった。早速梱包を解き、中に入っているものを取り出す。
 水槽のような入れ物と粘土のようなもの、それに取扱説明書、これで全て。
 説明書によると、この粘土のようなもので犬の形を作ると犬に、馬の形を作れば馬になるらしい。まさか、と半信半疑になりながらも、期待に胸がやや躍りながら、犬を作って床に置いてみる。ピクリともし

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いななき

いななき

 男が昼食を摂り、カウチでうとうとしていると、どこかで馬がいななくのを聞いた。辺りを見回したが、そもそもそんなことをする必要は無かったのかもしれない。男がいたのは牧場などではなく、都会のど真ん中、マンションの一室だったのだから。もちろんどこにも馬の姿は無かった。馬のイメージ、例えば絵に描かれた馬や彫刻すら無かった。男の生活はとことんまで馬とは関わりが無く、そもそも男は馬が好きとか嫌いとかも無く、興

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正夢

正夢

夢を見たのだが、覚えているのは夢を見たということだけで、それがどんな内容だったのかはちっとも覚えていない。悪い夢ではなかったような気がする。
夢はなんとなく引っ掛かって、昼になってもそれについて考えていた。信号が変わるのを待って立っている時、どうにかそれを思い出そうとしていると、ふと交差点の向かい側にいる女と目が合った。女はニッコリと微笑んだ。
信号が変わり、歩き出し、横断歩道の真ん中辺りで女とす

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空の王国

空の王国

ある日、人々は空を見上げて驚いた。男が空を登っているのだ。それは空を飛ぶのとは違う。そんなものなら、鳥や飛行機が簡単にやって見せるから、人々だって見慣れている。そんなことなら驚いたりしない。
男は山でも登るように、一歩一歩踏みしめながら空を登っていたのだ。最初は覚束無い足取りで、見ているこちらがハラハラするようなものだったが、慣れてきたのか、人々の真上、天の頂きに来る頃にはスタスタと地面を歩くの

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悪漢

「いいか、坊主?」と言ってぼくの顔を覗き込んだ親分の声と顔が、ぼくの人生の記憶の、一番最初、それ以前だって、ぼくは存在し、おそらく何かを喋ったり、辺りを駆け回ったりしていたとは思いますが、そんな記憶はぼくには一切残っていないので、ぼくが今のぼくとして存在し始めたのは、その瞬間だと言っていいでしょう。その瞬間、親分がぼくに「いいか、坊主?」と言った瞬間、それがぼくの持つ記憶で遡れる限りの場所。と言っ

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入り口から

「簡単なことですよ。ドアノブを掴み、回してドアを向こうに押してやる。それだけ」ニヤケ面の胡散臭い男はそう言った。男は入口屋だと名乗った。入口を入れば、面白いものが見られると言う。「多少のお代をいただけば」
「入口屋?」
「その通り。入口を提供させていただいております」
人々は首を傾げた。「何が見られるんだ?」
「百聞は一見に如かず。どなたか入口から入ってみる方は?」
みんな尻込みをした。

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旅路の果てに

青年は青年らしい潔癖さの持ち主だったので、この世の中に不正や悪があるのが許せなかった。狭量こそが若者の特権である。妥協はしない。
そこで、青年はこの世の中から悪を取り除くべく、その原因となっている人物を探すことにした。その人物を見つけ出した後にどうするのかはまだ青年にもわからない。説得してやめさせるのか、それともその人物をこの世の中から排除するのか。ある種の残酷さもまた、若者の特権であろう。

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お仕事

「消防士」
「いや」
「工事現場の人」
「違う」
「ガードマン」
「外れ」
わたしはその人に声をかけたわけだけど、わたしは普段そんなことするような人間じゃなくて、どちらかというとシャイで人見知りなのだけれど、じゃあなんでその時はそんな風に見知らぬ人に声をかけたかというと、深夜のレストランで、一人寂しく食事をしているなんて可哀想だと思ったからだ。わたしも、その人も。
「意外とお医者さん

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夢の住人たち

男が眠りにつくのを見計らって、男の夢の住人たちは活動を始める。男が寝息を立て始めると、男の鼻の穴や、耳の穴、口などから夢の住人たちは這い出してくる。場合によっては瞼をこじ開けて出てくる者もいる。男が目を覚ましやしまいか見ている方がハラハラするが、男はすやすや眠っていて目覚める気配は無い。
夢の住人たちには老いも若きも、男も女もいる。かなりの人数だ。彼らは男から出てくると、男の枕元に夢の町を建設す

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銀河に浮かぶ

「河に行きましょ」
「こんな夜中に?」
「夜中だからよ」と言った彼女に手を引かれて、言いなりについて行ったが、その進む先が深い森を経て、山道になるに及んで、さすがに彼も不思議に思ったらしく、彼女に尋ねた。
「こんな所に河が?」
「黙ってついて来て」
彼女は山道を力強く登って行く。次第に背の高い木が減り、開けた所に出た。月明かりが、彼女の後ろ姿を照らす。薄いスカートの下で、臀部の、太ももの

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この世が見るに堪えない残酷な世界であることを悟った彼女は二度と目を開けないことを心に誓った。そして、長いまつげの生えた瞼をそっと閉じた。
彼女の周りの人間、特に彼女の母親は、彼女のその決意に困惑し、嘆き、最後には怒った。彼女はお針子として家計を支える立場にあったからだ。
「目をつむってちゃ仕事ができないじゃないか!」
「大丈夫よ、お母さん」彼女は言った。「目をつむっていても、わたしは仕事がで

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