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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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2020年4月の記事一覧

命、貸します

命、貸します

 いらっしゃいませ。
 あ、当店のご利用は初めてですか?私どものサービスを選んでいただき、ありがとうございます。あ、そうなんです、わたくし、まだ新人でして、拙い部分も多々あるかとは思いますが、ご満足いただけるように精一杯やらせていただきます。よろしくお願いします。
 どういったきっかけで今回私どものサービスをお使いになろうと思われたんですか?ああ、そうですよね、ここから見ていると、なかなか面白そう

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最後の末裔たち

最後の末裔たち

 世界は滅びた。
 男は最後の男だった。女は最後の女だった。
 男は仲間を求めて世界中を旅した。彼の祖先たちが築いた数々の遺跡のいくつも抜けて、歩きに歩き、歩き続けた 彼の祖先たちであれば、自動車や飛行機であっという間に踏破する距離を、彼は歩いた。なぜなら、そうした技術はすべて失われてしまっていたからだ。破局があった。そして、それからは緩慢な衰退があった。人々は気力を失ってしまったのだ。失われた

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夢のまた夢

夢のまた夢

「こんな夢を見たの」と女は言った。
「どんな夢?」
「夢の中、わたしは大軍を率いる将軍だった。わたしの号令一つで、訓練の行き届いた兵隊たちは隊列を変化させる。それはまるで巨大な一個の生物を見るような気分だった。わたしに手懐けられた、巨大で強大な怪物。わたしは指揮をとり、それを操り、憎き敵にけしかける。こちらの損害をなるべく減らし、向こうの傷口をなるべく広げるようなやり方で。
 夜になれば、美

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彗星

彗星

 天文学者たちによって世界の滅亡が宣告された。彼らの計算は、彗星がこの惑星に衝突するのがほぼ確実だとはじき出したのだ。それが衝突すれば生物のほぼすべてが絶滅するという。運動法則や万有引力の法則に誤謬がなく有効で、天文学者たちの計算が完璧であればの話だが。まあ、そこに間違いがある確率は万に一つ、宇宙空間において任意の彗星が任意の惑星にジャストミートする確率よりかなり低いということだった。
「衝突と

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わたしに相応しい場所へ

わたしに相応しい場所へ

 わたしはここにいるべき人間じゃない、わたしは誰よりもここにいたいと思っていた人間だと思うけれど。わたしはそこにいる時いつもそう思っていた。
 小さい頃から、わたしは必死で勉強した。だって、それが身をたてるための最良の方策だと教わったから。父はわたしにそう教えた。勉強こそが立身出世に最も大事なものであると。父が教えてくれたのはそれだけで、具体的に勉強を教えてもらったことはないけれど。
 父は学

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Q.E.D

Q.E.D

 悩みの無い男がいた。男にあるのは解決すべき問題のみであり、それは解決されるまでには紆余曲折があり、多少時間がかかることもありうるが、それは確実に解決されることなのである。 そこに至るまでに、苦難はあるかもしれないが、それは悩みとは違う。男にとってはそれはむしろ喜びですらあった。解決までの糸口を探し、その小道を慎重に歩いていく。もしかしたら間違った道に迷い込んだのではないかという疑念と闘いながら。

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鱈が鱈でなかったら

鱈が鱈でなかったら

 鱈がもし鱈でなかったら、とある日鱈は考えた。もし自分が鱈でなく、鰡であったら、鮫であったら、鯨であったら、鰯であったら、鯛であったら、鯱であったら、鰹であったら、鮭であったら、鯵であったら、鮑であったら、鰻であったら、鯰であったら。 いや、単純に鱈でなかったら。
「なあ」と鱈は仲間の鱈に言った。「もし俺たちが鱈でなかったら、この世界はどうなっていただろう?」
「鱈でなければ、なんなんだ?」と仲

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千年の約束

千年の約束

 その日、宇宙船の船内はちょっとしたお祭り騒ぎであった。宇宙船、と言っても、狭い船内を飛行士が無重力でフワフワと浮かんでいる姿を思い描かれては困る。これは現代よりも遥かに進んだ未来の話だ。もし、真っ先に思い浮かべるそうした宇宙船の船内が金魚鉢に喩えられるなら、このお話の宇宙船は動物園?いや。都市?いいや。島?それでもまだ小さい。大陸?まだまだ。ひとつの星を丸ごと運んでいると喩えても差し付けないだろ

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粘土細工

粘土細工

 男の手はいつもひどく汚れていた。爪の間には泥が黒く詰まっていたし、節々も黒ずんでいた。時折絵の具で汚れていることもあった。
 人々は男の手を忌み嫌った。落としたハンカチを男が拾ってくれた時にはそれを捨てた。店員たちは釣り銭を男に手渡しせずに男の前に置いた。男が一度手に取った品物は即刻廃棄処分にされた。男が使った吊革は男が下車すると忌々しいといった表情の車掌によって取り外された。
 そんな汚い

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ありがとうって伝えたくて

 歩いていると、見ず知らずの人に「ありがとう」と急に言われた。
「えっ?えっ?」とまごついているうちに、その人は微笑み、行ってしまった。「ちょっと、えっ?なんで?」あとに取り残された私。何も感謝されるようなことしてないのに。そしてもう一つ残されたもの、余分な『ありがとう』だ。
 家に帰って改めて考えてみて、さらに頭をひねってみたが、どう考えても私には関係の無い『ありがとう』だ。これは困った。だ

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橋を渡れば

橋を渡れば

 罪人の汚名を着せられ、故郷を追われて放浪していた時期があった。その後、すべては濡れ衣であったことが証明され、名誉は回復されるのだが、それまでには少なからぬ時間を要した。。
 確かに、その月日は失われたものとして捉えることもできるだろう。私の身近にいる人は、私に代わってその失われた時で得られたものを数え上げ、嘆いてくれた。しかし、当の私はといえば、その放浪によって得られたものの方が多いくらいだ、

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絶滅危惧種のわたし

絶滅危惧種のわたし

 彼の二年ぶりの帰還を、わたしはもちろん喜んだけれど、それは単純な喜びとは違う複雑なものだった。なにしろそれは三度の半年延長の末の帰還であり、それまでに焦がれる気持ちが高まるのはもちろん、それと同時にフラストレーションもたっぷりと溜まっていたからだ。
「彼らは絶滅の危機に瀕してるんだ」と、彼は最後の晩餐、つまり彼が旅立つ前夜の夕食の時にわたしに言った。それはもう何度も繰り返されていたから、その先な

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至れり尽くせり

至れり尽くせり

 旅の醍醐味はなんといっても自分のものとは異なる文化に触れることにあると思う。それは新鮮な真新しい体験をするとともに、既知のものとなり色褪せてしまった自分の文化に対して新しい捉え方の扉を開くものなのだ。そのために、わたしは旅に出る時にはその地の言葉をできるだけ覚えることにしている。言葉を覚えることによって、観光客向けのサービス以外の、生のその文化に触れることができると考えているのだ。少なくとも簡単

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心が止まってしまったような気分

心が止まってしまったような気分

「お腹が空いてるか一杯かわからないの」と妹が言った。「ねえ、どっちだと思う?」
 ぼくは肩をすくめた。「わからない」血のつながった兄妹とはいえ、他人の腹具合がわかるはずがない。とにかく、何か食べさせてみようと思った。もし、お腹が空いているのなら、何か食べないと身体に毒だ。そこでぼくはコンソメスープを作ってやった。
「どう?」
「なんの味もしない」
「どれ?」コンソメスープはちゃんとコンソメ

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