"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生㉗【行方不明】
ワケあって、大学生の僕はクローンと暮らしている。ヤツは小学2年生。8歳の子どもだ。
顔は、幼い頃の僕と全く同じ。ジャンケンすると決着がつかない。
なんで、こんなことになったのか。よかったら、そのワケを聞いてほしい。
(※第1話へ)
<冬、第27話>
変な感じだ。
心がざわついている。
あれから1ヶ月、ずっとだ。
「チビの体を乗っ取れ」と言われてから…。
このまま死ぬもんだと思い込んでいた。あきらめていた、この命。
正直、ずっと怖かった。
でも、「死ななくていい、生き続けられる…」って言われて、忘れていた欲がくすぐられた。一度は閉じ込めた『生きたい』っていう気持ちを呼び起こされた。
「自分自身の体なんだから。元々ひとつになる予定の体なんだから。元に戻るだけ。気にしなくていい。」そんな逃げ道までもらってしまった。
僕がその気になれば。生きられる。僕として。
でも…
もちろん、そんなことするわけない。そんなことできるわけないよ。もちろん。
大切なチビだぞ。一緒に暮らしてきて味わったはずだ。今まで感じたことのない”家族”っていう気持ちを。死ぬ前に、残された少ない時間に、こんな思いを教えてもらえたこと、心から感謝していた。この子に未来を託す夢は見ても、未来を奪い取ってはいけない。そんなのあたりまえだ。
どうしようもできないまま、いたずらにひと月が経ってしまった。
こうやって日々暮らすうち、僕の意識がどんどんチビの脳を上書きして占領していく。なんとかしなければ。うかうかしてはいられない。
でも、どうすれば…?
でも…でも…でも…
でも、が続く。
家にいても、妙に意識してしまう。
チビは何も知らない。
いつものように絵でも描いているのだろうか、居間のテーブルで熱心に紙に書きなぐっている。赤い服の白いヒゲ。サンタさんだな。
チラチラ見ながらも、動揺をさとられまいか不安で仕方がない。なにせ、意識がシンクロするから。
「ねえ兄ィ、今度バスでおでかけしようよ。」
「ごめん、忙しい」
「どうしたの?」
案の定、チビが僕の顔を覗き込む。
「……」
心を悟られまいとして、ぶっきらぼうにあしらってしまう。
「遊んでないで、さっさと宿題しなよ。」
「うるさいなあ。あとで。」
ぷいと下を向き、赤鉛筆でサンタの服をグリグリこすっている。だんだん言葉が思春期じみてきた。幼い子どもらしさと大人の知識が脳内で共存しづらいらしく、ちょっとイラついている。それが生意気に思えてしまって、僕もイラついた。
僕の気も知らずになんだよ、お前のことで思い悩んでるんだぞ。考えすぎたら頭まで痛くなってきた。
「言うことくらい聞けよ!お前のために言ってんだから。」
「もうー、あとで、って言ってるじゃん!」
チビの肘が色鉛筆の缶ケースをはじいた。
ガシャーンと缶の衝撃音が床に跳ねて、飛び散るたくさんの色鉛筆。まるでチビの反抗心が弾けて飛び散ったようだ。青鉛筆の芯が折れ、台所まで転がっていった。
カッチーンときて、つい言ってしまった。
「自分でできないでしょ!僕はもうすぐ死んじゃうの!チビはそのあと一人で生きていかなくちゃならないの!!」
「え…?」チビの顔色が変わった。「死んじゃう?」
しまった!
「いや、ちがう…」
「死ぬって…?もうすぐなの?」
ああ、言っちゃった…。動揺した僕の表情を読み取ったのか、
「…兄ィいなくなるの?」
悲しげな目で僕を見上げた。
「……」何も言えない。
「ねぇ!どうなの?」
「…い、いや、ずっと一緒にいるよ」
「嘘ついてる。ぼく、わかるもん」
そりゃそうだ。シンクロですべて感じてしまう。同じ人間に嘘はつけない。
「う…う…」
チビの心が大きく乱れ始めるのを、シンクロで感じた。
”ガターン!”
いきなり立ち上がり椅子を倒した。と思ったら、チビは赤鉛筆を投げ出し、玄関を飛び出していった。
暇そうに待機している取材陣や警備の黒服たちをすり抜け、家の前のバス停のベンチを飛び越えて、向かいの家の塀の隙間に飛び込んだ。子猿のようにするすると風景に飲み込まれ、またたく間に姿を消した。
皆、唖然として見送るしかできなかった。
いいんだ。いい。落ち着けば、そのうち帰ってくるさ。
頭をもたげた罪悪感を抑え込むために、そう自分に言い聞かせた。
チビが姿を消して、何時間も経ってしまった。
どこへ行ったかわからない。
小さな足でも行けそうな近所は全部探した。
でも、どこにも見当たらなかった。あたり前のようにいなかった。まるで最初からチビなんて存在しなかったかのように。
冬の日没は早く、すっかり辺りは暗い。近頃めっきり冷え込んで、夜遅くになるとアスファルトの冷気が足から骨の髄に染み込んだ。今、何してるの?こんな厳しい寒さの中、小さなチビはどこで過ごしているんだろう。ずっと一緒だったから、チビがいないことに慣れていなかった。不安で胸が締め付けられた。
ごめんよ。ごめん。あんなこと言わなきゃよかった。後悔の念が僕を責める。
犬巻は、外国の機関に連れ去られる可能性がある、もしくは過激な人権保護団体がむりやり保護してしまうかも。「先に見つけないと取り返しがつかない。」と心配し、極秘に捜索チームまでもが組織された。
おまけに
「あなたも危険です。もう家で待機していてくださいな。」
と足止めを食らった。「猫塚、ちゃんと見張ってて。」と言い残し、屈強な警備の黒服たちを引き連れて表の報道陣を蹴散らしながら出ていった。
残された僕は、床に散らかった色鉛筆を片付けた。一本ずつ探しながら缶ケースに戻し、折れた芯を拾っていると、ふと、あのことが頭をよぎった。
夢の中でよく見る影、『ヒトカゲ』だ。
まさか、さらわれた…?
いやいや、
「夢の中の話。現実世界と関係あるわけない。」
変な考えは、ぷるぷるっと頭を振って打ち消した。
「これ、おチビちゃんの絵ですか。」
猫ちゃんが、テーブルの上の一枚の紙ッペらを眺めていた。
飛び出す前まで、チビが一所懸命書きなぐっていた紙だ。
淋しそうな笑みで「ほら」と渡された紙を手に取ると、汚い字が踊りながら「サンタさんへ」と書き出されていた。
クリスマスプレゼントをお願いする手紙だ。そういうところはまだまだ子どもだな。
サンタと僕とチビだろうか、3人で手をつないだ姿の絵も描かれている。
” サンタさんへ
げんきなからだをください
ぼくはいいから、
にぃにげんきなからだをください
なければ
ぼくのからだをあげます
だいすきなんです
ずっとだいすきなんです
にぃともっといっぱいあそぶんです
ずっとずっといっしょにいるんです
でも
もうひとつもらえるならキックボードほしいです ”
「………」
胸がしめつけられた。
幼いチビにそんなこと言わせて。プレゼント欲しいだろうに。
なのに僕はどうだ。チビの脳を乗っ取って、自分だけのうのうと生き続けようと一瞬でも誘惑にかられた。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。僕はなんてひどいヤツだ。
こいつを守らなきゃいけない。そうだよ。僕の命なんかより、若い未来のあるこの子の命を守るべきだ。そうだよ。そう。
描きなぐられた下手クソな絵の、チビと僕のつながれた手を見つめながら決心した。
「僕は一人で死にます。」
「え?」
驚いた様子で猫ちゃんは僕の顔をまじまじと見た。
「猫ちゃん、言ってくれましたよね。自分の心で決めてください、って。」
「ええ、だけど…」
「決めたんです。」
もう迷いはない。僕は彼女の目をまっすぐ見た。「チビとは別れて暮らすことにします。チビの人生はチビのものです。僕が奪ったりしません。もちろん誰にも奪わせません。」
この結論を僕が選ぶことは予想していただろう彼女も、いざとなると戸惑いを隠せない様子だった。
「……そう、そうですよね。でも……」下唇を噛んで「死ぬなんて言葉は使わないで…。」
「僕は充分。幸せでしたよ。猫ちゃん、ありがとう。」
「……」
彼女は顔をそむけた。メガネの奥を僕に見せないようにうつむいたショートヘアを揺らして。
「チビを探しましょう。」家になんていられない。
「それは犬巻に止められ…」
「チビを守りたいんです。チビを探せるのは僕だけです。僕に協力してもらえませんか。」
「………」
やがて何かを断ち切るように、猫ちゃんは「わかりました。」と立ち上がり、「ユタカさんの判断は正しいと思います。」
「ありがとう。」
「どこか心当たりはありませんか?おチビちゃんの考えそうなことは、ユタカさんわかるはずですよね。」
「チビが行きそうなところですよね…。さっきだいたい探してしまって…」
コトリと、湯飲みが置かれた。
「まあまあ、お茶でも飲みなはれ。果報は寝て待てといいまっしゃろ。」
ばあちゃんが言う。
「ばあちゃん、心配じゃないの?もうこんな時間だよ。そんな悠長なこと言ってたら…」
ん、待てよ。
「ばあちゃん、なんて言った?」
「お茶でも飲みなはれ。」
「ううん、そのあと。」
「果報は寝て待て。」
「そうだよ!ばあちゃん!そう!さすがばあちゃん!ありがと!」
僕が勝手に盛り上がるから、猫ちゃんは「えっ?えっ?どうしたんですか?」とキョロキョロ。
「そう、果報は寝て待て。寝ればいいんです。」
「どういう…?」
「僕が寝るんです。そして、夢を見る。今は…夜の10時を回りました。チビはいつもはとっくに寝てる時間。もし今、寝ていたら?もし夢を見ていたら…?」
「…おチビちゃんの夢に入れるかもしれない!」猫ちゃんは嬉しそうに目をまんまるにした。
「そう。どこで寝ているのか、それまでの行動とか、記憶をたどれるかも。」
「なるほど。でも離れていて、シンクロできるんでしょうか?」
「たぶん。一度、チビが友だちの家にお泊りさせてもらった時、家にいる僕と夢がシンクロしたことがあります。ほんのわずかにでしたけど。それくらいの範囲はギリギリいけるかと。」
「だとしたら、できる限り近づかなきゃ。心当たりの場所を周りましょう。」
「どうやって?寝ながら歩くことなんて…」
”カチャリン”
猫ちゃんがニコリとしながら僕の目の前にかわいいネコのキーホルダーをぶら下げた。その先には、車のキー。
「なるほど。」
「あとは、どこを探せば…。」
「いいものがありますよ。」
2階の枕元から持ってきた『夢地図』を広げる。
PCの図形ソフトで製図した地図に、日々鉛筆で汚く描きなぐってくたびれたヨレヨレの紙。毎朝、目覚めたらすぐに枕元の地図を引っ張り出し、寝ぼけ眼で描くのが習慣になっていた。
夢の中で行った場所、話した人、何が起こったか…すべてのディテールを場所ごとに整理して記録していた。その内容は、日々変化しており、昨日まであった場所や物、人が、今日はなくなっていたり現れたりする。まるで生き物のようだ。
「分かりにくくてすみません。現実世界と位置が違うので…。まずはこのあたり、砂遊びした公園やセミ捕り神社から学校を中心に探して、そこから広げていきましょう。」
「ここはなんですか?」
「2人で探検した駅前の再開発エリアです。何度か忍び込みました。そのあたりもお願いします。」
警備のいない裏窓から壁の隙間をぬって、こっそり抜け出した。塀と塀の間をすり抜けながら闇に紛れていくのはお手のものだ。チビとの探検がこんな時に役立つとは。
まずは、猫ちゃんの運転する車の助手席で眠ることに。
シートを倒し、家から持ち出した脳波計測キットを頭に装着された。タブレットを操作しながら、
「おチビちゃんの夢とシンクロが始まったら、大脳皮質が反応するはずです。」
「寝られるかなぁ。」
狙って脳をハッキングすることは初めてだ。焦ると緊張して、なかなか寝付けない。頭まで痛くなってきた。
「どうしました?」
「いえ、だいじょうぶです。どうもね、寝られなくて…」
猫ちゃんが「特別ですよ。」と睡眠薬を2錠渡し「ドーピングですけど。」と笑った。 「気をつけてください。夢の中で、自分が夢を見ていることに気づいてしまったら、目が醒めやすくなりますので。」
頼むチビ、寝ていててくれ。
夢を見ていないと、君の脳内に入れない。