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"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生⑤【検査で…】

ワケあって、大学生の僕はクローンと暮らしている。ヤツは小学2年生。8歳の子どもだ。
顔は、幼い頃の僕と全く同じ。ジャンケンすると決着がつかない。
なんで、こんなことになったのか。よかったら、そのワケを聞いてほしい。(※第1話へ)

<春、第5話>

「父ちゃん、トイレ…」
次の朝早く、チビのすすり泣く声で、僕は起こされた。

目を覚ましたチビは、亡き父を探して泣いていた。見慣れない部屋に、状況を把握しきれず悲しくなったそうな。
「あらあら、ゆーちゃん、どしたの。」ばあちゃんも起きてきて、「まだ早いから眠たいねぇ。はい眠たい眠たい。」よしよしと”小さな僕”をなだめつつ、古い階段をミシミシ降りて行った。

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子ども番組を観せると、少し機嫌が良くなった。なるほど、これは使えるな。
ばあちゃんの味噌汁の匂いで目を覚ましていく。テーブルには目玉焼きとトースト。和洋統一感がないけど絶妙に合うのがばあちゃん特製。
”ちーん”
仏壇の鐘をリン棒ではじく。父と母の写真。僕にとっても、チビにとっても同じ父と母。ばあちゃんが、一口サイズのご飯を金の器でお供えする。毎朝の小さな日課。チビが興味深そうに眺める。

珍妙なお客様を迎えてから、初めての朝食。
チビはテレビに取りつかれたように凝視している。なんか話してやるか。「なあ」と声を掛けてみた。
「…………。」
なのにテレビに夢中。僕もよくばあちゃんに叱られたっけ。キンキン騒がしい子供番組の「間違い探し」に心奪われている。簡単だろこんなの。
ふぅん、確かにけっこう難しいな…。

「あった!」
「あった!」

同時に見つけてシンクロした。
機嫌が良さそうだぞ。今だ。
「なあ」
こっちを向く。
「お前は、僕。僕はお前。同じ人。わかってる?」
「…………。」
小さな僕は、僕の顔をじっと見た。ちゃんと目を合わすのは初めてかも。
テレビの音だけが響く。やがて、”うん”と小さく頷くと、またテレビに心を奪われた。
ちゃんとコミュニケーションとらなきゃな。なんでこんなに難しいんだろ。”自分自身”なのに。
確かに僕も人見知りだったかもな。思いだそう。あの頃、なにに興味があったか。
「ほら、あとでさ…なんか…オモチャとか買いにいくか」懐柔してみる。
”いらない”、と小さく横に首をふる。そういうことでもないらしい。
ほんと可愛げがないチビだな。我ながら。自らの子供時代ながら情けない。

「こんにちはぁ」玄関から猫ちゃんの声がした。
チビは、箸をテーブルに放り出して玄関に走って行った。
「ちゃんと寝れた?夜中おしっこ自分で行けた?」と聞く猫ちゃんにまとわりついて、すっかり元気になったチビ。心に余裕ができて、古い家にあるものが珍しいのか、キョロキョロ見回しはしゃぎ始めた。
「おねえちゃん、ほらみて。ほらみて。」すっかり「この家慣れたよ。ぼく、おにいちゃんだもん。」的なカッコつけをしている。
ばあちゃんの寝室で古い鏡台を見つけると、
「これなに?」
「鏡台や。三面鏡ゆうてな。ばあちゃんも昔はお化粧したりしたんよ。」嬉しそうにばあちゃんが布をめくり上げ「嫁入りしたときに持ってきたもんや」
「へぇ」とチビは、いないないばあみたく三面鏡を開いたり閉じたり。閉じた中に頭を突っ込んだ。「うわぁ」大声をあげて何やら感動している。
僕ものぞく。と、そこには合わせ鏡に無数のチビの顔が果てしない空間に広がっていた。その上からのぞく僕の顔。同じ顔と同じ顔。混ざりあって遠い彼方へと無限に広がっていく…。
少し、ぞっとした。

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「さあ、ユタカさんたち」

「ん?」
「ん?」


猫ちゃんに呼ばれ2人の顔が振り向いた。
「今日は一日、とってもとっても退屈な"検査デー"です。」

「えー」
「えー」

「まあまあ、シンクロでそんな顔しないで」猫ちゃんは笑いながら僕たちの背中を両手でポンとたたき。「これもお仕事ですよー 。」

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僕たちが京王線に揺られて向かったのは、奥多摩のニュータウンを過ぎたあたり。
整然と並んだ団地をタクシーで横目に過ぎると、やがて真新しい道路が山の中のトンネルに吸い込まれていくように延びている。
真っ暗な中、壁にきらめくオレンジ色のLEDライトの群れを抜け出た先に、まぶしい太陽の光とともに忽然と現れた前衛的な現代建築。斜めに空を切り裂きそうなガラスの破片のようなデザイン。日に照らされた真っ白なコンクリートと美しい芝生の緑が手前の人工的な堀の水面に映えて、ディズミーの白亜の城をも思わせる。”東京大学遺伝子工学臨床実験研究所”という銀のプレートがきらりと光った。

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驚いた。僕がここに来たのは初めてではない。その理由は、のちほど。

犬巻渕子とヤギヒゲ教授、たくさんの助手たちが「きたきた」と玄関で待ち受けた。
「ここって…」思わずこぼれた。「もしかしてあなたたちの…?」
「わかっちゃいました?」と教授がおどけて笑う。
「さ、今日は盛りだくさんですよ。」猫ちゃんから、ビニールに包まれた検査着をポンと渡され「午前はメディカルチェックです。」

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検査室は、無駄に天井の高い真っ白な廊下を進んだ先にあった。
「採血しますね」
猫ちゃんがおもむろに僕の腕に黒いゴムチューブを巻く。「親指を中に入れて握ってください。」肘の裏の青筋を叩きながら血管を探している。傍らには注射器。
「ちょ、ちょ」思わず腕を引っ込めた。
「いや、あの、もしかして、猫ちゃんさんが?」
「ああ」そういえば、という表情で、「医師免もってますから。」僕の手を引っ張り、消毒液でひんやり拭いた。「言ってませんでしたっけ?」
言ってません。
「てか、猫ちゃん”さん”、ってなんですか」クスッと微笑ながら、注射を細い指でつまんだ。
「いえ、なんとなく」
「あれ、肩に力入ってますね。もしかして…小学生のユタカくんと同じですか、注射がぁ…」いたずらっぽい微笑で僕の気をそらし、プスリ。
「うっ」
「…苦手なとこも。」ふふっと笑った。

チビと2人して上半身裸で台に横になると、ヤギヒゲ教授は楽しそうに、へそのほくろや、曲がった足の小指、とがった軟骨の左耳などを比べた。
僕たち2人だけの共通点を、なぜか彼らは既にリストで持っていた。
「目を閉じてくださいね」
MRIにゆっくり頭が入っていく。グオングオンと激しい機械音。真っ暗な世界で、ぼーっと考えてみた。
僕は毎年ここで健康診断を受けていた。以前、交通事故をしたことがあって、病院から勧められ、後遺症がないか調べるためにと聞かされて。少なくとも、今日まではそう信じていた。
…もしかして、僕は被験者だったのか?じゃあ、何を調べていたのだろう。こうやって健康チェックするのも実は利用するため?
この手の映画だと、クローンは臓器提供のためにつくられるっていうのがお決まりのパターンだ。まさか、チビが僕のために臓器を提供?それとも逆に、僕の臓器が…?疑念が湧いてくる。
人間のクローンなんか造っちまう彼らならやりかねない。油断できない。てか、そもそも人間のクローンなんて作っちゃダメでしょ。モラル的に。よし、いつか問いただしてやろう。

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午後は、奇妙なテストをたくさんさせられた。

紙の上にインクをこぼしたような模様をみせられ、「これは何の絵に見えますか?」とか、会話する男女のイラストを見せられ、「この人々はなんと言っていますか?」とか。
そうそう、真っ白なジグソーパズルもさせられた。犬巻とヤギヒゲ教授たちがずっとそばで眺め、助手がパソコンに何かの数値を打ちこんでいる。なぜか時折、なにやら感嘆の声を漏らしながら。僕たちは何も大したことをしていないのに。
お互いにフワフワした大きなゴムボールの投げ合いをさせられたりもした。なんのためかはわからない。チビがちょっと強く投げてきたので、これまたもっと強く投げ返したらチビの顔にぱんと当たった。すると真っ赤になってムキになって投げ返し、僕に突き指をお見舞いした。互いにキーッと投げ合う様を、教授たちは淡々と数値化していた。

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そして、最後の実験。
ついに”あの現象”は起こった…。
僕とチビの生活が、これからその”現象”に激しく振り回されることになることを、まだ僕たちは知らなかった。

猫ちゃんがチビの手を引いて「ここからは別々の部屋に別れてください」 と、どこかへ連れていった。
厚いドアがレバーで閉められると、プシュッという空気音とともにそれまでのノイズがピタっと無くなった。気圧の変化を耳の鼓膜に感じる。いわゆる”シーン”という静寂の音さえも聞こえないのは、部屋の壁一面に、何百ものスポンジ突起が一面にデコボコと張り巡らされているせいだろう。無音室だ。心理的にヤバくなりそうな部屋だな。ずっといたくないな。頭に電極みたいなのをいっぱいつけられ、妙なカードテストが開始した。
5枚のカードに、〇▢☆十のマークや波形など、簡単な図形が描かれている。
…うーん疲れた。嫌だなあ。おかしくなりそうだよ。だんだんそんな気分。
ヤギヒゲ教授に「この中で1枚選んでください。どれでもいいですよ」と言われても、
「はあ」考える気力もわかない。まあいいか。疲れてるし。
うーんと…なんでもいいや。
「☆」を指さしてみた「これで」
「では、目を閉じて、今選んだカードを頭の中でよーく思い浮かべてください。この形をはっきりね」
「はあ」うーん、と思い浮かべた。
なんのことかさっぱりわからない。一体何をさせたいのか?
うーん。うーん。と、やってみる。
教授が、助手に「どう?」という目線を送る。助手はインカムでどこかとコソコソやりとりし、「まあまあですかねぇ」と囁いている。僕の何かが、彼らの期待を上回っていない失望のような声だ。
「まあまあ」だと?悪かったな。なんだかわかんないけど。うーん。うーん。頑張ってるんですけど。
まさか…もしかして、僕のイメージしたカードの絵を、離れたチビに当てさせようとしてるのか?んなこと起こるわけないじゃん。この人たち大丈夫?
はあ、つかれる。早く終わらないかな。もうどっか行きたいなあ。

そんな時、インカム助手が教授に耳打ちをした。
「うん?」教授は一瞬表情を曇らせたが、僕には優しい笑顔で「ちょっと待っててね」と言うなり、プシュっとドアを開け、出て行った。さっきまでの静寂から、世間のノイズが一気に戻ってくる。いや、もっと騒がしいぞ。廊下中に「さっきまでここに!」とか言い合う声が響く。
なんだなんだ?一人だけ事態からのけ者にされて余計に気になった。電極をそっと脱ぎ廊下に出てみると、犬巻や研究員たちがバタバタ館内を走り回っている。
「なんで目を離したんだ!」「トイレかと」「エレベーターは!?」「非常口は!?」

あいつだ。チビだ。いなくなったんだ。

目を離したすきに姿が消えたらしい。チビ、逃げやがったな。無理もない。僕でさえ、午前中からかなり飽き始めてたからな。

ふと見ると、隣の部屋のドアが開いている。なんとなく中を覗いてみるが誰もいない。僕のいた部屋と同じく、一面デコボコのスポンジが張り巡らされている。テーブルの上には、同じく電極と例のカードが置きっぱなしだ。「なんだ。隣でやっていたのか」

なぜだか…騒ぎをよそに、ぼんやりと僕の頭をある思いが支配しはじめた。
初めて来た場所なのに懐かしいような、ざわざわ胸騒ぎがするような不思議な感覚だ。

「なんだろう。この感覚」

思いに誘われるままに、隣部屋に入ってしまう…。
隅のソファーへ歩み寄り、腰をおろしてみる。遠くに皆の騒ぎ声がかすかに響く。あいつなにやってんだよ…でもまあいいか。チビの行方より、”ここにいたい”ことに興味が勝(まさ)った。
なんでだろう。なんとなく”ソファーの下を覗いてみたい”という願望がムクムク沸き起こり始めた。人間の行動なんて、ほとんど深く考えず選択しているものだ。息をするのも、踏み出す足をどちらにするかも。そう、直感的に。
だからなんとなく、ゆっくり股の間に頭を突っ込み、床におでこを近づけてみた。
ソファー下の薄暗い隙間には、特に何もない。…2つの黒い玉が見えただけだ。さあ、戻るか。

…ん?黒い玉?

もう一回、股の間から見た。
…目だ。
目が合った。薄暗い中、”小さな僕”がうずくまってこちらを見ている。刹那だが、その瞳と何か気持ちを交わした気がした。
なにかに怯えるように胸の前で小さくたたんだその手に握りしめていたのは、”☆”のカード。
目を離すと見失ってしまいそうな気がして、僕は凝視したまま叫んだ。

「いましたぁ!」

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その後、
僕がチビを見つけたことを犬巻や教授たちは大袈裟に喜んだ。なぜだか学術的にとても価値があるとのことだった。「どうして分かった?」「何を感じた?」としつこく聞かれたが、「たまたまです」自分でも言葉ではうまく説明できなかった。とても不思議な感覚だった。
教授たちは大興奮。結局さらに長時間、体中を調べられるはめになった。

「なぁ、なんで隠れたの?」
ばあちゃんの夕食のコロッケを箸で突っつながら尋ねたが、チビはなにも答えなかった。
あまりに疲れたのか、僕と馴染めないのか、今夜もチビは絵本の読み聞かせをするまでもなく寝てしまった。

今日は一体なんだったんだろう。
一日中行われた検査。チビを見つけたこと。僕の頭で何が起こったのだろう…。
明日から通う新しい学校の上履きや体操服などにサインペンで僕と同じ名前を書きながら、考えた。
これぞという答えは何も浮かばなかった。


(つづく)


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