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詫び状

今からずっと昔。ヌヌヌという感染病が流行った。ヌヌヌはひっそりと感染していくので、みなともかくもおおいにおそれたものだった。

「自分が感染しているかもしれないという前提にたって、みなひとのことを思って、人に迷惑をかけないように!」

そんなアナウンスが電車のなかでもショッピングモールでも学校でも叫ばれ続けた。

白い服、白いマスク、白い帽子のシロシロ隊が地域ごとの有志で結成され、家々の戸口にたって「今日の衛生チェック、衛生チェック!」と叫んでまわった。

シロシロ隊がきたときにはみな戸口にたって問題なければ「しろしろしろ!」と返答するのが習わしになった。

ある工場でヌヌヌの陽性者がでた。陽性者は若い工員だった。工場長は詫び状を書いた。

「このたびは我が工場から陽性者を出してしまい、地域にご迷惑、ご心配をおかけしてしまったことを深くお詫びいたします。皆様からの信頼を裏切る形になってしまったことはいくらお詫びしても償いきれません。個人としては大きな恥であり、不名誉なこと。これから地域の皆様お一人お一人に頭を下げてお詫びにあがります。

徹底した消毒をすでに保健所の指導のもとに行い、菌を撲滅したところであります。また工員たちにおいては社会的責任と立場への自覚をもち、あらためて一層の自粛を厳命いたします。」

工場長はそれからシロシロ隊に入った。家々の戸口にたち誰よりも大きな声で「今日の衛生チェック、衛生チェック!」と怒鳴って回った。なにか不備がある家には容赦なく口頭指摘や文書指摘を行い、どんな細かなことも見逃さなかった。
それで工場長は月間名誉隊員として表彰された。

若い工員は街を去った。
それでみんな満足だった。
工場への発注はなくなり、2ヶ月後に工場はつぶれ、工場長は街を去った。
それでみんな満足だった。

シロシロ隊はそれからしばらく続いた。服、マスク、帽子をより白くしている者が表彰された。それで漂白剤がよく売れた。

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