見出し画像

私たちの『雪国』は

むかしふらりと立ち寄った古本屋。
魅力的な山のごとき本たちが店先にならんでいた。

手にとったのは川端康成の『雪国』だった。たっぷりとした余白、活版印刷のためか文字間と行間も広くあいていて読みやすい。その美しいたたずまいに惹かれて購入した。

先日、ふと『雪国』を開いてみた。何の気なしに少し読んでみる。川端康成のあまりにも美しい文章、茶色く焼けた紙、活版印刷の漂うゆらぎ。途端に『雪国』の世界へと心静かに引き込まれていった。

「歸らないわ。夜が明けるまでここにゐるわ。」
「ちがふ。あんた誤解してるわ。」
「いや、人の死ぬの見るのなんか。」

駒子の威勢のいいこと。ああ、私もこんな女になりたかった。脳裏には登場人物たちが生き生きと息づき、山あいには雪が降っていた。

一九四一、六、二十九 夜
    四十二、三、十一

最後の頁にこういう書き込みがあった。端正な美しい手書きの文字である。まえの持ち主が読み終えた日付を書き入れたのだろうか。そうすると、かの人は二度読んでいる。

一九四一年、日本は戦争の最中。夏が目前にせまった梅雨どきの夜。かの人は日付を書き、パタリと本を閉じる。窓の外を眺めては、舞い散る雪に想いを馳せたのかもしれない。

それから79年の時を超え、今ここにある。私たちは『雪国』というひとときをたしかに共にした。なんという浪漫か。

書き入れにこんな浪漫があるなんて、貴重なことを教えてもらった。

私も真似して書き入れた。

画像2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?