──ドアが開く。

特に音などはしないドアだが、閉じられた空間のおかげですぐに気付くことが出来る。
目を向けると、少し警戒しているかのような素振りをして男が入ってきた。外のモワッとした空気が一緒になって伝わってくる。

「いらっしゃい。…好きな所にどうぞ。」

少しの間の後にそう声をかけると、男は警戒を止め、カウンターの少し奥側の席に座った。

(ふーん。心配そうに入ってきた割には奥に座るんだな。)
特に荷物は持っていないようだが、座り心地を確かめるように体を揺らしながら、床に顔を向けたりもしつつ着座のポジションを決めている。
すでに拭きあげられたグラスを、敢えてもう1度拭きながら男が落ち着くのを待つ。

「えっと、すいません。とりあえずビールで。」

気を遣わせないようにグラスを拭いていたつもりだが、こちらが黙っていたのでなにか頼まなければと感じたんだろう。男は場を切るように注文をした。
"とりあえずビール"、"とりあえず生"、というヤツだ。この"とり生"の使い手は、特に銘柄さえも言わない。
おそらくアサヒであれサッポロであれキリンであれ、出せば良いのだろうが…だが此方としてはそうもいかない。
こちらのメニューで種類が選べますので良ければどうぞ、と伝えたが男はホントに何でも良さそうにしている。

「では、ハートランドにしましょうか」

誘い気に言葉を発すると男は素直に頷いた。
たぶんハートランドが好きってわけではないのだろうが、そこは大した問題では無さそうだ。

栓を抜き、ハートランドを瓶ごと渡す。
隣にはピーナッツを添えて置いておいた。

手に取ると、人より長く口をつけて瓶をあおる。
喉が渇いていたんだ、とアピールのようにも見えるが。
ひとしきり口を湿し瓶をカウンターに置くと、男は落ち着いたように喋りだした。

「このビール美味しいですね。キリンとかアサヒとかはよく飲むんですけど、種類を知らなくて。」

俺はハートランドはキリンが出しているものである事を伝えた。デザインも凝っていて、いつもの麒麟マークは描かれていない。他のものに比べて香りも飲み口も軽く、爽やかなものになっている。

「え、キリンなんですか?キリンって、あの絵柄が必ず付いてるもんだと思ってました。すいませんお酒は詳しくないんですけど、でも、これは凄く気に入りました!」

人懐っこい笑顔がこちらに向く。
最初の警戒はすでに解けたようだ。落ち着いて話もしているように見える。
それから他にも少しビールの話もして、明るい人柄がハッキリと見えてきた頃だった。

「ところでバーテンさん、麻雀はしないんですか」

──唐突な質問だった。

麻雀は、──しない。
ただその質問は、余りに俺の内面に入り込みすぎている。
不躾とも言えるが、悪意さえ感じないその眼差しに、俺はたじろいでいたと思う。

その矢を跳ね返すように、俺は目を見つめて伝えた。

「麻雀は、やめてしまったね。お兄さんはやってるの?面白いゲームだよね」

「えー!やめちゃったんですか!バーテンさんみたいな人だと強いに決まってるんだけどなぁ。」

ただ、会って間もないバーの人間に対してそんな的を絞った質問を投げるものだろうか。俺の答えに対して当たり前の社交辞令は並べたものの、ここからが男の本題のようだった。

「それで…このバーって麻雀関連のお客さんって良く来るんですか?」

ここは数件の雀荘にも囲まれた小さなバー。
客の中には趣味を口にする客も居ればそうではない場合もある。
そんな頼りない答えを求めて、この客は尋ねてきている。
先程見かけた店に入る時の警戒の素振りは、果たして初めて入る店だからだろうか。

途端にこの客に興味が湧いてきた。

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