あぁ無常 死んで満ち欠け クリームパン(無意味な文章)
(注:世の中には意味のある文章が多すぎるため、無意味な文章を書いています。決して意味を見出さないでください)
「まだ追って来るぞ!」
クロが振り向いて叫ぶ。
「ダメ、もうダメ、私たち、ダメなんだ!」
モモが何度目かもわからない嘆きを上げる。
「あきらめるなぁぁぁ!!!」
そして俺──アカが、すぐ後ろで二人を追い立てるように絞り出した。
追い付かれれば全員それまで。つまり、選択肢など何もない。限界まで走る。走って、ダメならそこまで。だから走る。それ以外にすることなどないのである。
* * *
「究極的に言ってしまえばね」
その研究者は、病的なまでに清潔で整頓されたその研究室の中で、眼鏡をクイと指で押し上げた。
「今回の研究は、人によってはやれ非人道的だ、マッドサイエンスだなんて言うけれど、クリームパンを作っているようなものなのさ」
いかにも怪しいネット上の求人で集まった俺たちは「はあ」と頷くしかできなかった。ただ、なんとなく、危ない場所に来てしまったのだろうという感覚は強まっていた。
「君たちに頼みたいのは、言ってみれば酵母菌の役割さ。その働きを見て、僕らはしっかり環境を整えて、うまく膨らませていくために条件を詰めていくのだからね」
「あのぅ」
分厚いレンズとその奥の瞳をキラキラ、ギラギラとさせる彼に、勇敢にも手を挙げたのは紅一点の彼女だった。
「それはぁ、どのくらい危険なんでしょうかぁ」
妙に間延びした喋り方。その質問が『程度』を問うものだったのは、求人内容に危険があると明記されていたためだ。もちろん、それに見合った(と思えるくらいには)高額の報酬が提示されている。
「うーん……そうだな」
それは、なにか考えているとか、計算しているとか、そういう悩み方ではなく、気の利いた言い方を探すようにして。
「大したことないかな。最悪でも、二人は逃げられるからね」
彼は爽やかに笑った。
* * *
あぁ、こんな仕事やめておけばよかったんだ。
それぞれがアカ、クロ、モモと作戦名を振られて結成されたこのチーム。全員の意思が完全に統一されたのは、古ぼけた祠の陰から巨大なトラが現れたときだった。
いや、トラというか、それにシルエットが近い、見上げるような黒い怪物である──
絶叫を上げながら逃げまくる。木々の間を抜け、時折足を取られて冷や汗をかきながら。こんな、子供だましみたいな仕事で自分がこんな状態になるなんて思いもしなかった。しかし湧き上がる恐怖に逆らえずに狂乱の出口を追い求める。
「まだ追って来るぞ!」
クロが振り向いて叫ぶ。
「ダメ、もうダメ、私たち、ダメなんだ!」
モモが何度目かもわからない嘆きを上げる。
「あきらめるなぁぁぁ!!!」
走って走って走って──
「あっ」
モモの身体が宙に浮く。足を引っかけた!
その横を通り抜けようとして、
そのすがるように伸ばされた手を見て、
俺は、
俺は────────
「あああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!!」
彼女の手をつかんで、場所を入れ替わるように投げ飛ばしていた。
黒の怪物は目の前だった。すかさず倒れた俺に跳びかかり、腹に巨大な手を叩きつけてくる。
痛みはない。ただただ強い衝撃を感じる。自然と四肢から力が抜けた。あぁ、俺は、もう……
怪物は雄叫びを上げ、そしてその牙で俺のハラに食らいついた。
衝撃。衝撃。痛みはない。衝撃。かき回される。
逆さまになった視界に、絶句して立ち尽くすクロとモモの姿。
「あぁ、あぁ……何がクリームパンだ」
俺は食われた。スイーツ。
* * *
結果として、俺はそれから10分近く茫然自失となって、また10分くらいかけて全身の力を取り戻すまで本当に死んだかのようだった。同時に、俺が食われる様をリアルな映像で見せられたクロとモモはひどい精神的ショックを受けていた。それぞれ転んで出来た打撲もある。
「やっぱり、これはリアルすぎたみたいだね」
この結果を予想していたかのように、眼鏡の研究者の総括は淡々としていた。
俺たちは支給された全身スーツ(VR空間で触覚を再現するもの)を着たまま、実験場の中で座り込んでいた。さっき走り回った森と同じ構造になるよう障害物が配置された真っ白な空間である。
「あと何回かパラメータとステージを変えてやってもらうけど、よろしくね」
研究者は片手のクリームパンをかじって言う。俺の手にも同じパンがあった。差し入れらしい。単にお前が好きなだけだろ。
さすがにあの衝撃的な体験で食欲はなく、一口かじっただけでやめてしまった。ぽっかりと小さく欠けたクリームパン。それがまるで──
「残機かよ」
乾いた声で、笑ってしまう。
今日はあと何回死ぬのだろう。
(EON)
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